風の便りなんてものも届かないような

 風の便りなんてものも届かないような暮らし方をしているけれど。でも、それでも聞こえてくる噂で、クラウドはついにひとりと一匹を残して、知り合いという知り合いがみんな死んだらしいのを知った。別に、なんとも思わなかった。いつかこうなることはわかっていたし、それに、ほかの連中が死んだからって、関係ないことだ。もう何十年も、関係なんて持っていなかった。たったひとりの男以外全部捨ててしまったときから、クラウドはほかのつながりなんてなにも求めてこなかった。実際それ以外別に必要じゃなかったのだ。いつまでたっても若々しいなんてばけものは、世の中にいちゃいけない。ほんとうは。例のしっぽが燃えているやつは、あれはもともと長寿なのであって、すごくすごく長いスパンではあるけれど、ちょっとずつ老いていっている。
 クラウドは自分の身体のことを、呪ったことなんてない。セフィロスといっしょだから。でも、ほんとうはこういうのはいちゃいけないのだということはわかっている。セフィロスは、いちゃいけないかもしれないが、それでもいま現にこうして生きているのだから、それはいてもいいということの証明になりはしないか、と云うけれど。そして確かにそのとおりだ。いちゃいけなかったら、とっくに死んでいる。でもまだ生きている。生きているというのは、いいことだ。たぶん。死んでからのほうがいいことがあると、これまたセフィロスは云うけれど。
 クラウドはなんだか、複雑な気分だった。ちょっと外に出て、黙ってあたりの景色を眺めた。世界は、毎日変わらない。でも、毎日変わっている。ほんとうはそれにあわせて、身体だって毎日変わっていくべきだけれど。それが自然なことなのだ。ほんとうは。高いところにあった太陽が、ゆっくりと沈んでいって、真っ赤になって、いなくなる。人生だっておんなじなのだと思う、ほんとうは。
 別に寂しかったわけじゃない。寂しいなんてことを、思ったことはない。セフィロスがいるし、彼はなんといってもこちらをまるごと全部満たしてしまう。この感覚を、ことばにするのは難しい。とにかく云えることは、彼がいれば別にほかのことはあまり問題じゃないということ。クラウドは知っている。誰がなんと云おうと、自分を満たせるのはあのひとだけだ。みんな死んでしまうけど、あのひとはまだ生きていて、自分の横にいる。うるさくなるくらい。ときどき、いなくなってしまえばいいのにと思うくらい。でもそれは、とてもとても、幸せなことだ。
 とうとう、残り少なくなってきた。この地上で、自分のことを知っているひと。もっともっと少なくなって、そのうちに、いなくなってしまうのかもしれない。ほんとうに、セフィロスとふたりだけになるかもしれない。でもそうなったって、きっと問題じゃない。彼が自分を好きなら。そして自分が彼を、好きなら。
 クラウドはふいにやりたくなる。セフィロスは理解不能というけれど、クラウドの中では、自分の性欲はちゃんと理屈がつけられることだってたくさんある。わからないセフィロスがどうかしている。この場合は、ちょっと確認したい。まだ好きなこと、つながっていること、愛されていること、ひとりぼっちじゃないこと。いつまでも、ひとりぼっちにはなりそうにないこと。そういうのを、わかっていたい。
 家に戻って、いますぐやったらすっかり食事の用意をして待っているセフィロスがなんだかかわいそうな気がしたので、夕食にして、風呂に入って、それからお待ちかね、おとなの時間。クラウドは今日はすごくストレートに誘うことにした。したいんだけど、しようよ。相手の意見なんて聞かない。だいたい、セフィロスが断るなんてことはないと思っている。セフィロスは眉をつり上げて、そして笑った。すごく穏やかに。優しい感じで。あ。ばれてるな。そう思って、とてもうれしくなる。セフィロスは学習障害なんかじゃなかった。ちゃんと、こちらの気持ちの動き方を、把握しているのだ、本当は。口に出して、云わないけれど。でもバーバルなコミュニケーションなんて、制約の多いものだから。だから、ほんとうはノンバーバルな、それこそ身体と身体、魂と魂で触れ合うコミュニケーションのほうが、何百倍も大事だ。
 ベッドの上で、向かいあって座ったままちょっとキスをする。軽めのやつを何度も。そのうちに気持ちが高まってきて、ものすごく相手に触りたくなる。髪の毛、頬、肩のライン、背中、とにかく全身。服が邪魔。セフィロスは今日はなんでもゆっくりだ。すぐに引っぺがすわけじゃなくて、服の上から身体をなでて、あちこちにキスして、肌の露出範囲を牛歩並みの速度で広げる。それがまたうれしかった。こんな気分でやりたいと思う日に、性急なセックスなんてごめんだ。激しいのも御免こうむる。そういうのはそういう気分の日にとっておくべきだ。いま欲しいのは、ちゃんと確かめられるやつ。ひとつひとつ、丁寧に。ちゃんと感じられること。それが大事だ。
 相変わらず向かいあって座ったまま、セフィロスがこちらの身体に触れるのを、存在を確かめるみたいにほんとうにゆっくり、優しく、丁寧に触れるのを、黙って受ける。それだけで終わるというのもありなのかもしれない。挿れるとか出すとかしないセックス。でもセックスには変わりない。ときどき皮膚を吸われて、舌でなぞられて、それで唇が重なって、ものすごい快感じゃなくても、焦れたような気持ちよさがとても気持ちがよくて、気持ちいいというより心地いいというのに近い。ものすごく、愛されてるなと思う。セフィロスの手が身体をなぞるたびに。その包みこむみたいな触れ方で、そして手の温かさで。じわじわと、心が気持ちいいという気持ちよさ。とても温かい。泣けそうだ。いま泣くなんて変だけれど。
 セフィロスの手が、当然下に降りてくる。指先で形を確かめるみたいになでられて、すこし腰を浮かせる。思わずつぶやく。
「……かも」
「ん?」
 セフィロスが耳元で聞き返してくる。これが好きだ。どうして欲しいか聞かれるのも好きだし、うわごとみたいなことばにいちいち反応されるのも実は好きだ。セフィロスはぜったいに無視しない。こちらの云うことは。
「やっぱり最後までしたいかも。このまんまでも気持ちいいけど」
 セフィロスが息を漏らして笑った。ちょっと体勢を変える。セフィロスにまたがるみたいにして、でも膝を立てて腰は浮かせる。首に腕を回して、見下ろす。いい顔だなあ、好きだよ。そう云う代わりにキスする。舌と舌が絡まって、吸ったり吸われたりするような。ちょっと卑猥な音をたてるやつだ。音の効果は大きいようで、そういう気持ちが煽られる。
 指で入り口をなぞられる。ちょっとくすぐったいこの感じは好きだ。うずく感じ。指先が入りこんでくる瞬間は、なんだか圧迫感があるのだけれど、でもそんなのはすぐに問題じゃなくなる。セフィロスはこれまたすごくゆっくりだった。中の感触を確かめるみたいにゆっくり、指を動かす。前立腺のところを探しだして、一定感覚で刺激を与えてくる。気持ちよさがちょっと本格的になってきた。腰がうずく感じ。いまぜったいにちょっと気持ちいいって顔になっているだろうな、とクラウドは思うけれど、そしてたぶんセフィロスはそれを見て、満足しているだろうなと思うけれど。でもぜんぜん癪じゃない。ときどき鼻に抜けるみたいな声も出て、変な話、それで自分までますますその気になったりする。一種のナルシシズムかもしれない。もしかしたら。こんなになってるおれはかわいいなあきっと、なんて思うから。
「いいよ、もう」
「ん?」
 楽しそうに訊き返してくるセフィロスにちょっと顔をしかめてみせる。
「もういいって」
 セフィロスの息を漏らして笑う声と同時に、指が出ていく。
「このままするか?」
 クラウドは首を振る。
「普通に」
 ベッドに押し倒されると反射的にすごく卑猥な気分になる。目を開けると、こちらを見下ろして笑っているセフィロスと目があった。すごく優しい感じに笑っている。耳の横の髪をなでられる。それから続けて頬を。
「あのさ、いつも思うんだけど」
 セフィロスがまばたきして、目を細める。
「あんた、おれのこと大好きだね」
 セフィロスが噴き出す。おれもさ、大好きなわけだよ、あんたのことね。大サービスで、そう云っておく。いつもおれのことわかってくれてうれしいよとまでは、さすがに云わないけれど。
 相手の身体を挟みこむみたいに両脚を絡ませて、入ってくる感覚に唇を噛む。ぎゅっと奥まで来て、そこでちょっと休憩。中に、セフィロスがいるのを感じる。その形とか、大きさとか、熱とか、そういうものを、しばし感じてみる。入り口の皮膚は張りつめているし、最初はちょっと苦しいのだけれど、でもそんなことすぐに忘れる。ゆるやかに、動き出す。抜き差しされる感じはすごく好きだ。特に入ってくるとき。セフィロスもそのときが好きなんだろうなと思うから、よけいに。ちょっと圧迫するように努力してみたりもして、いっしょに楽しむ。首筋を舌でなぞられて、胸もなぞられて、触られて、いろんな刺激が混ざって大変だ。ゆっくり、一定の間隔で突き上げてくる感じがもたらす、気持ちよさ。目を閉じて味わう。これを与えているのはセフィロスだってこと。よく知った体温、身体。溶けていくみたいだ。溶けて、混ざるみたいだ。ふたつの体温がひとつに。
 ふいに両脚を抱えられて、つながっているところがぐっと深くなる。気持ちよさの種類が、また少し、変わる。もっとダイレクトに刺激が来る。セフィロスが動くたびに、当たる。腰がしびれてくる感じの、ダイレクトな快楽。
「これ、いい、かも」
 ぐずぐずの鼻にかかったような声でうわごとみたいに云うと、やっぱりセフィロスはちゃんと反応を返してきた。なだめるみたいに前髪をかきわけて、鼻先と、唇にキス。セフィロスはこの鼻が好きらしい。おまえらしい、と云って、なにかっちゃあつついたり、なでたりする。おれの鼻はおもちゃじゃない、と一応云うけど、別に嫌じゃない。
 セフィロスの首にしがみついて、気持ちいいのを味わう。声がとまらないけれど、別に気にしない。視界が白くなってくるような、あの限界が近い雰囲気を感じて、クラウドは不明瞭な声で、いきそうかも、と云った。今日はちゃんと云いたかった。脚をなでられ、唇を塞がれて、舌を吸い上げられて、それが離れ、まもなく、ぎゅっと集約されるような快楽に、クラウドは眉を寄せた。前も後ろも小刻みに痙攣しているような感じだった。それにつられるみたいにして、中に出されるのを感じて、それが気持ちよくて、まぶたが震える。
 そうして結局、いろんなことはどうでもよくなっている。快楽の先に。とりあえずなんであれ、自分がいて、そうしてセフィロスがいて、おんなじだ。とても好きで、同じ身体で、同じ痛みを知っていて、ふたりだけだ。それが孤独や寂しさじゃなくて、幸福にしかつながらないことを、実感する。すごく満たされた気持ちになる。心も身体も。クラウドはいつまでもセフィロスにしがみついていた。今日はそういう気分だったから。セフィロスしかいなくなってしまうってことが、いよいよ現実になりそうで、でもそれはちっとも嫌なことじゃなくて、みんないなくなったって最後には彼が自分のそばにいるんだってことを、それは絶対的な真実なのだということを、信じられる。だってセフィロスのことをすごくすごく好きだし、相手もこちらをすごくすごく、好きだから。それが一番大事なことだ。この宇宙で一番、大事なこと。手放しちゃいけないもの。
 クラウドはすごく満ち足りていた。たぶん不謹慎なくらい、満ち足りていて、そういう自分にも満足だった。いなくなってしまったひとたちの、墓参りでもしようかな。死者となら、ちょっとは気楽に会話ができるんじゃないかな。みんなきっとセフィロスのことは嫌いだろうし、もしかしたらクラウド・ストライフだって嫌われているかもしれないけれど。でも墓参りくらい、したっていいだろう。それくらいの気持ちは、持てそうな気がする。みんなに対して。セフィロスと引きかえに、捨ててしまったつながりについて。すごく自分勝手な行動なのはわかっているけれど。でもしょうがない。クラウド・ストライフはそういう人間だ。結局みんな知らなかったけれど。死んでから知るのも、きっと悪くないに違いない。
 死者へのあたたかい感情。そんなものが芽生えるなんて思ってもいなかった。それはたぶん、年をとったということなのだ。でも、悪い変化じゃないかもしれない。今度、墓参りツアーをしよう。そうしてみんながどんな一生を送ったのか、見てみよう。それは楽しい計画だった。クラウドは微笑んで、セフィロスの腕を下敷きにして、眠った。