セフィロス氏と海辺の町の情景2
四月九日

 クラウドは相変わらず料理ができないが、そのくせ食欲だけは二人前はあり、朝からよく食べる。海辺のこの街は、クラウドを喜びで跳ね回らせるような、美味な酢漬けの魚にこと欠かない。彼は朝食に酢漬けのニシンを山盛り平らげる。ジャガイモのサラダと、少々粉っぽいが香ばしい黒パンと一緒に。
 引っ越しをして二日、荷物の片づけや必要なものの手配で過ぎてしまった。わたしたちはふたりとも現在のところ無職なので、特別しなければならないことはない。今日はどうするつもりなのかクラウドに訊いたら、せっかく海辺に住んでいるのだから、やりたいことがある、と云った。なんだと訊くと、海辺で砂のお城を造る、という答えが返ってきた。わたしはそうか、と云った。クラウドはだがその前に、まずはこの街になじまなければならない、とも云った。この街には、なにが、いったいどんなものがあるのか、探検しようではないか。わたしはそれはたいへんよい、と云った。

 この日はすこぶる天気がよく、なま暖かく潮気を含んだ風が、海から吹きつけていた。クラウドは好んで履く身体にぴったりした黒のジーンズに、Tシャツを着て、元気に外へ飛び出していった。アパートから出たところで、身体を曲げ延ばしして準備運動をはじめた。
「マラソンでもするのか?」
 わたしは意地悪く訊いた。クラウドはにやにや笑って、
「いまから、坂道を広場まで競争します。後になった方が、今日一日のあらゆる出費の会計を持ちます」
 と連絡係のような口調で云って、あっかんべをすると、細い路地の坂道を、走り去ってしまった。わたしは少し考え、クラウドとは逆の方向に歩いていった。
 勾配の急なこの街では、チョコボ車がよく利用されていて、急な坂道を、えっちらおっちら登ってゆく姿を頻繁に目にする。わたしは坂道を少し登って、西の方向へ進み、広い大通りに出た。少し先に小規模な石畳の広場があって、ベンチがあり、周囲に遊歩道が設けられ、噴水が勢いよく水を噴き上げている。数台のチョコボ車が、利用者をのんびりと待っていた。わたしはそのうちの、まだ少年と云った方がよさそうな男が御者台に座っているのに声をかけた。なかなか立派な体格をしたチョコボの後ろに、屋根のないふたりがけの簡素な車がくくりつけられていた。御者の少年は鮮やかな青い目をしていて、それがわたしの胸を瞬時にかき乱す。けれどももはやそれは熟成された酒が持つほろ苦さに似た味わいを帯びていて、昔のように、身を裂くほどの罪の意識をもたらしはしない。それでもわたしの目はいつも、少年の日のクラウドを連想させるなにかを見ると、罪滅ぼしをしたくなる気持ちを抑えることができないのだ。自覚はある。
 チョコボ車は慣れた足取りで、軽快に坂道を駆け降りた。御者の少年は十七歳で、ついこのあいだ、父親の許可を得て仕事をはじめたばかりだと云った。わたしがこの街にやって来たての新参者であると云うと、彼はひとなつこい笑みを浮かべて、この街はいいところである、気候は年間を通して温暖で、海は滅多に荒れないし、魚はうまいし、カモメはきれいだし、ちょっと猫が多いが、それだって慣れれば問題はない、と力説した。わたしは彼の名前を訊き、もしもチョコボ車を利用することになったら、浮気はしないと約束した。さあこれで、もうこの街にひとつ新しいしがらみができてしまった。もっとも、そうしたものをしがらみととるか、それともうるわしき人生の一部ととるか、それはひとの勝手だ。
 広場に、クラウドはまだいなかった。そこでわたしは広場の中央にある天使像をじっくり眺め、これを作った彫刻家に想いを馳せていた。しばらくすると、息切れを起こしながらクラウドがやってきた。
「うそだ」
 彼の第一声はそれだった。
「うそじゃない」
 わたしは云った。そうして、にやりと笑った。
「そんな! だって、おかしいよ。おれ全速力で走ったのに」
 クラウドはすっかり汗をかいて、頬は熱のために赤かった。胸は激しい呼吸のために上下し、体温が上がっているために、彼の身体からは独特の、若々しい植物のような、みずみずしい匂いが放たれていた。それらはわたしに、彼の媚態をいくつも思い起こさせた。いま彼の皮膚に鼻先を近づけ、そこから立ちのぼってくる匂いを嗅いだとしたら……夜に、わたしが床の中ですること。わたしを瞬時に官能的な気分で満たす。だが、いまはまだその時間ではない。彼の匂いに、味に、没頭するにはしかるべき準備というものが必要だ。それは意図的な高ぶりでなくてはならないのだ。このような、肉体を使用したことによる自然の反応によるのではなくて。
 クラウドがわたしの顎を右手で押し上げた。
「スケベ。むかつく」
 わたしは顎を上に向かせられたまま、笑いをこらえることができずに云った。
「スケベというのは心外だが、今日の競争のルールについて、ひとつ提案がある」
 クラウドは手を元へ戻した。
「会計はおれ持ちでいい。そのかわり、同衾の際、ぜひともおれの要求を聞いてくれ」
「それがスケベだっての」
 クラウドは顔をしかめて云ったが、悪い気はしないようだった。彼は自分がいまだに魅力的であること、自分の美しさ、性的魅力という点を真っ向から突かれると、とても弱いのだった。昔からそうなのだ。そこに、彼独特の誇りがあるから。きれいに手入れされた金髪や、つんとしたような鼻や、熟れたような肉感的な唇や、引き締まったしなやかな身体。
「でもさ、あんた、なんでおれより先についてるわけ?」
 クラウドが唇をとんがらかして云った。わたしはそれをつまんでアヒルのように平べったくしながら、
「競争は、人力勝負に限るというルールではなかったようだったから」
 と云って、近くを通り過ぎるチョコボ車に目をやった。クラウドはかんかんになった。
「なんだよ! ずるいよ! そんなのマナー違反だよ」
「ルールとマナーは別のものです」
 わたしは云い、声を上げて笑った。クラウドは飛び跳ね、地団太を踏んでくやしがり、子どもみたいに「んんん!」とうなった。それからわたしに蹴りをくらわそうと脚をあげたので、わたしはあわててよけた。

 会計はこちらが持つと云ったので、クラウドはさっそく広場のクレープ屋でクレープを平らげ、瓶入りのラムネを買って飲みはじめた。わたしたちは広場をうろつき、そこらじゅうにいるいろいろな色の猫を見ながら、ゆっくりと逍遙した。クラウドは、ときおり猫と一緒にあくびをしたりもした。「なんだ、眠いのか?」とからかうように訊くと、ふざけてこちらの腕にすがりついてきて、「ねむーい、もう歩けなーい」とどこぞの若い娘のように云った。「これはこれは」とわたしは云った。わざと異常にくねくねしながら歩くクラウドを見て、女性たちは笑い、男たちの中には、眉をしかめる者もいたが、クラウドはぜんぜん気にしていなかった。
 わたしたちは広場を出て、この街の歴史というものを学ぶべく、明らかに閑散としている郷土資料館なるところへ入っていった。クラウドはくねくねをやめ、お勉強モードのクラウドくんと本人が云う、まじめくさった顔つきになった。先端がつんとした鼻をますますつんとさせ、やや上から目線でこの街に伝わる伝説というパネルの下にある説明書きを読みはじめたが、十秒で飽きてしまった。で、わたしを呼び寄せ、本人はパネルの絵だけを見、わたしに解説を命じた。わたしは一度全文を読んでから、なるだけ彼が楽しめるように工夫して、説明してやった。
「その昔、このあたりの海を治めていた神が……どうやらこの神はおまえ好みのスケベな神らしい」
「なんでおれがスケベ好きなことになってるんだよ」
「違うのか?」
「おれが好きなのはセックス。やるのが好きなのと、スケベが好きなのは違うの。あんたみたいなむっつり、お断りだよ」
 このとき、部屋の奥に設置されているカウンターの方で、ごそごそと誰かが動いた。わたしたちはそちらに目をやった。まだ若い女性がひとり、顔を赤くして居心地悪そうに資料の束を整理していた。これは悪いことをした。資料館の中はほかにひとけがない上に、構造上声がよく響くようにできているらしいのだ。クラウドは肩をすくめて小声で云った……「あの子、処女なのかな?」
 わたしはクラウドの頭をぽかりとやった。彼女が生娘かどうかは知らないが、濃いブラウンの髪を肩まで垂らした、ほっそりした、内気そうな女性だった。すこぶるつきの美女というわけではなかったが、やや亭主関白なきらいのあるクラウドは、ああいうおとなしそうな女性に弱い。なんとなく決まりが悪いので、わたしたちはすぐに資料館を出た。クラウドは彼女のはしばみ色の目がかわいかったと云った。
「セックスとかいう単語だけで顔を赤らめちゃうなんてかわいいよね。あんたみたいなのとは大違い」
 クラウドは腕を振り回し、ちょっと飛び跳ねてから、ぐるりと一回転した。
「そうだな」
 わたしは云った。
「それなら、おれもそういうことばを聞いただけで身をすくめ、めっそうもないと云うようなやつになればいいのか」
 クラウドはげらげら笑った。
「おれ、そういう男嫌いだなあ」
 では、どうすればいいのだ。

 資料館には当分顔を出せそうにないし、どうせなので、港まで降りていってみようということになった。石畳の坂道をゆるゆると下る。御者の少年が云っていたように、通りを横切ったり、あちこちの屋根やゴミ箱の上でひなたぼっこをしている猫の数がおびただしい。魚をくわえているのもいたし、脚を全開にして毛づくろいをしているのもいた。クラウドは通りにある帽子屋にふらりと入っていって、水兵帽子を頭にかぶった状態で戻ってきた。
「似合う? 似合うよな?」
 濃紺の帽子は、クラウドの金髪とまばゆいコントラストを成していた。わたしは似合う似合うと云い、クラウドはわたしの財布を強奪して、再び店に入っていった。そうして、にこにこしながら戻ってきた。相変わらず帽子をかぶって。
「今度はセーラーカラーのついた服買おう。マリンルックでモダンに決めたクラウド・ストライフくんっての、見たくない?」
 わたしは見たい見たいと云い、クラウドに返事が無責任だと怒られた。わたしは反論した。
「どうせおれが反対しても、おまえはやるのだろうから」
「なんだよ、反対なの? なんで?」
「おまえは、タジオをやるにはもう大きすぎる」
 クラウドは首をかしげた。別にわからないでもいい。水辺でひとの心を惑わせるものは、文学上、うるわしき少女か、美女か、少年でなければならないのだ。青年というのは聞いたことがない。もっとも、クラウドが十五、六のころであったなら……ああ、あのころなら、確かにひと騒動持ち上がったに違いない。あのころのクラウドは、この世のものであってこの世のものでなかった。繊細さの中に潜む凶暴さ、鋭利さ、すべてが不安定な、定まらない、行き場のないエネルギーを抱えた、不可思議な、どちらかというと悪魔的な魅力を備えていた。美貌というのは、一種の魔力である。それが未開発な、完成されていないものの中へ、日々移ろうものの中へ宿って、さまざまな面を介して乱反射するさまを見たならば、古代のひとびとがそれを重んじた理由もわかろうというものだ。十六歳のクラウドは美しかった、二十一歳のクラウドも美しい。そしてそのあいだにあったはずのもの。その肉体がほころび、開き、変化し、成熟してゆくさま……いまとなってはそれを見逃したことだけが悔やまれる。しかし、こういう考えをクラウドはむっつりだと云うのだろう。
 頭に水兵帽子を乗せたクラウドと、ふたたび坂を下り、飲食店や土産物屋が軒を連ねる中をくぐるようにして、港へたどり着いた。ちょうど大型船がしずしずと入港してきたところで、男たちがさんざめいていた。カモメがさかんに飛び交い、猫があたりをうろうろしている。クラウドは鼻歌を歌いながら、ぐるぐる回ったり片足で飛び跳ねたりして歩いた。先ほどのわたしの「マナー違反」があったにも関わらず、今日はすこぶる機嫌のいい日らしい。クラウドは海を見て、「海」と云い、潮の香りを胸一杯に吸いこんで、あたりをきょろきょろ見回した。「どうした」とわたしは訊いた。
「浜に出られるところないかなあ。砂の城、作るんだ」
 そうしていかにも観光客を装い、船着き場に物憂げに立っていたご婦人から、海水浴ができるという場所のことを聞き出した。豊満な、張りつめたような身体をしており、無意識にぽかんと開いてしまうらしい口がなにやら自堕落な感じを与えるご婦人だったが、彼女の話によると、港から海岸線に沿ってずっと東へ歩いていくと、そのうちに海水浴場にたどり着ける、とのこと。
「ただし、結構遠いんですのよ。おわかり? 車かなにかで行った方がよろしいわ」
 そんなような話し方をするひとだった。クラウドはそれを訊くと礼もそこそこにもう歩きだしてしまって、わたしは代わりに丁寧にお礼を述べ、ご婦人を赤面させてしまった。どうも今日は女性の顔を赤らめる日だ。
 わたしたちは港の景色を楽しみながらしばらく歩いた。クラウドは途中の雑貨屋でプラスチックのバケツとシャベルを買って、ぶらぶらさせながら歩いた。
「遠いってどのくらいかな」
「さあ、しかし、半日かかるということもないだろう」
 などと云っていると、わたしが先に利用したチョコボ車が、なんと港のはずれに止まっているではないか。わたしは声をかけざるを得なかった。御者の少年は例の美しい青い目を驚いたように見開き、それからひとなつこい顔で笑った。
「よく会いますね。今日は港の方がにぎやかだって聞いて、こっちに来てみたんだけど」
 クラウドはしばらくその少年を鑑定するように眺め、それからわたしと交互に眺めて、にやにやした。わたしたちは当然、チョコボ車を利用することになった。
 海岸沿いにぐるりと巡らされた比較的平坦な石畳の道を、チョコボは軽快に駆けてゆく。風が心地よい。
「海水浴ならいまはシーズンオフだから、静かでいいですよ。海って、こうでなきゃって感じで。静かな、いいところです、いまは」
 クラウドは「いいところ」とオウム返しにつぶやき、けたけた笑った。その拍子に帽子が顔にずり落ちてきたので、わたしはなおしてやった。それからクラウドは車から身を乗り出すようにして、あたりを見やった。彼の金髪が、陽の光に照らされてきらきらと光った。青い空と海のあいだに映りこむ金髪は、なかなかに美しい眺めだった。彼の軽くひねった腰が目の前にあり、それに続く尻があり、わたしはまたもクラウドにむっつりと叱られそうなことを考えた。しかしクラウドがさっき云った「いいところ」というのは、彼の口から発せられたときには明らかに性的な意味を帯びてはいなかったか?
「海猫だ! にゃあにゃあにゃあ(とクラウドは鳴き真似をした)。海猫って、猫と間違えて交尾したりするかな?」
 御者の少年がぎょっとしたような顔で振り返った。

 わたしたちは海水浴場の前で降ろしてもらった。クラウドは地面に足が着いたと思ったとたん、もう海めがけて駆けだしていた。バケツの中につっこまれていたシャベルががしゃがしゃ云っている。わたしは苦笑とともに見送ってから、御者の少年に礼を云いつつ、代金を払った。少年はそのあいだ、ともすればぽかんとした顔で、クラウドが走っていった方を見やっていた。
「お連れのひと、すごく個性的なひとみたいですね」
 ああ、彼は気を遣ったのだ。ほんとうは「すごく変な男」と云いたかったのだろう。わたしは彼に曖昧な笑みで答えてから、クラウドが走っていた方向に歩きだした。後ろから「ありがとうございました」という声が追いかけてくる。わたしは振り返らずに、背後に向けて小さく手を振った。
 さて変な男またの名クラウドは、時期はずれなために閑散とした海水浴場の砂で、さっそく城の土台をこしらえていた。わたしは彼を放っておいて、ひとり浜辺をぶらぶらした。母なるもの、母なる海……絶えず耳に流れこんでくる潮騒と、浜風を感じながら、水平線を眺め、足下の細かな砂を眺め、寄せてくる波を眺めてぼんやりと歩く。ふと足もとに、小さな貝殻を見つけて拾い上げた。白とミルクティのような色とがマーブル模様になった、ぐるぐる巻きの貝殻だった。耳に当ててみると、やはり波の音がする。わたしはそれを持ったまま、また歩いていった。打ち上げられた海草が波打ち際で所在なくゆらゆらと揺れているのに出くわした。わかめらしい。なおしばらく行くと、小さな空き瓶が打ち上げられていた。わたしはそれを拾い上げ、海水で中を丁寧に洗い、砂を敷き、貝殻を入れ、わかめを少し失敬して、小石で砂底に固定した。それから海水を満たし、クラウドのところへ戻った。
 クラウドは、鉄壁の防御を誇る要塞をこしらえるつもりなのだろうか? バケツで固めた砂を円形に並べ、それを基礎として壁をこしらえている。なにやらものものしい雰囲気のものができあがりつつある。わたしが声をかけても生返事だ。クラウドは一度なにか作りはじめたら、そばで大砲をぶっぱなされても気づかないほど集中してしまう。帽子はとっくに主に忘れられて、砂の上に斜めになって転がっていた。四つん這いになり、シャベルを片手になにやら細かな修正をしているクラウドの、服の裾はめくれあがり、ジーンズは尻までずり下がっていて、ちょっと、というよりかなり、公共良俗に反する光景だった。われわれのそばには誰もいないのだが、クラウドの尻が見えそうになるたびに、わけもなくはらはらしてしまう。あまり見続けていては心臓に悪いので、わたしはクラウドの尻から無理矢理に視線をはがし、いま来たのとは反対方向へ散策に出かけた。オンシーズンにはおそらく土産物屋や雑貨屋、飲食店になるに違いない掘立て小屋が並んでいて、そのうちのいくつかは営業していたが、どの店の店主も暇を持て余して、ラジオを聴いたりしながら眠そうな目をしていた。
 クラウドのところへ戻ると、今度はこちらがなにか云うより先に駆け寄ってきて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら城ができたから見ろといってわたしの腕を引っ張る。クラウドの作った城は、なかなかのものだった。全体的に、中世あたりの城を思わせるような無骨なつくりではあったが、分厚い壁は要塞としての機能を十分果たすだろうし、四隅に伸びた立派な円形の塔は、大砲の弾が飛んできても大丈夫だろう。わたしはたいへんみごとな城であり、これならナポレオンだって安心して眠っていられるだろうと云った。クラウドはふふん、と鼻を鳴らし、得意げに胸を反らした。そうして、なんたることか、せっかく建設したその城を踏みつけてぐしゃぐしゃにしてしまった。
「こういうのはさ、壊すのが楽しいんだ」
 クラウドは城を親の敵でもあるかのように力の及ぶ限り陵辱しながら云った。
「もちろん、作るときも楽しいけど。今度はあんたも一緒に作ろうよ。別に今日これからってわけじゃないけど。おれ腹減った。ん? あんた、なに持ってんの?」
 クラウドはわたしが片手に持っていた瓶に気がついて云った。わたしは彼に、うやうやしくその瓶を手渡した。クラウドは尊大な態度で受け取り、絶えず誰かにものを贈られている女性がするようにやや突き放した、冷笑的な顔つきで瓶を眺めにかかった。彼がこういう態度をとるときは、贈られたものが気に入っている証拠である。ためつすがめつ眺めてから、クラウドはふうん、と云った。そうして、それを自分で持って、帽子を拾ってかぶり、バケツをぶら下げて歩きだした。
「今度はあんたも作ろうよ、城」
 まだ足りないらしい。わたしは苦笑して、わかったと云った。
「あんたと砂の城を作るなんて、ばかばかしくて夢みたいな話じゃない? 昔あんたがそんなことしてたら、みんなびっくりして口も利けなくなっちゃってただろうなあ。それでさ、次の日に、ゴシップ誌とかに写真つきで掲載されるんだ。神羅の英雄ご乱心とか云ってさ。専門家が、精神的ストレスが幼児退行に走らせているとかもっともらしいこと云ったりして」
 でもいまは、こうしてクラウド・ストライフと腕を組んで歩いたり、こういう瓶を作ったり、なんだかんだして楽しんでるからいいけど。そう云うクラウドは、まだあのころのわたしの境遇を根に持っているらしい。ばかなことだ。ばかな、ばかな子。わたしは立ち止まり、潮風にあおられている金髪をかき分けて、クラウドにキスした。クラウドはおとなしく受け入れた。
「腹減ったな」
 唇が離れた瞬間の、クラウドの台詞。確かに彼は、腹が減っているだろう。もう昼どきをすぎている。けれども、ああ、そのことばに含まれた、色めいたいかがわしい響き。そういう意味でなら、わたしも腹が減っていた。わたしたちはもう今日は街の探索などやめて、アパートへ戻ってきた。まだなじみの薄いベッド。クラウドが選んだ、肌触りのいいシーツに、素肌が触れる。クラウドの身体からは、いつもの匂いに混じってかすかに潮の香りがしていた。香ばしいような、郷愁を誘う香り。わたしはそれを肺いっぱいに吸いこんだ。身体のあちこちに鼻を寄せて、飽きるまでそうしていた……それがわたしの今日の望みだったので。それから彼をうつぶせにして、先ほどちらちらと見え隠れしていた尻の、その丸みに口づけた。クラウドはくすぐったそうに笑った。わたしたちは陽気な海を思わせる、陽気ないたずらのような交わりにしばし時間を忘れた(わたしの上で全身を惜しみなく開くクラウドは、たいへん美しかった)。
 クラウドの帽子は壁の杭にかけられ、わたしがクラウドに贈った瓶は、クラウドによって適切な蓋を見いだされて、部屋の窓辺に飾られた。その瓶を見るときのクラウドの顔は、夢見がちで、少年のようだった。チョコボ車の御者君を彷彿とさせるような気もしたが、やはりクラウドの方が格段に美しいと云わざるを得ない。彼はそのことでわたしをからかった。
「ああいう子が好みなの?」
 彼は意地悪く笑った。
「あんたって、やっぱりいかがわしいよ。少年愛好家なんだ、あんた」
 ばかを云えと、わたしは云っておいた。クラウドは「ばかばかばかー」と云いながら、わたしにのしかかってキスしてきた。彼はもちろん、わたしがあの少年のどこに惹きつけられたのか、そしてその意味を、正確に理解しているに違いない。