天国は永遠に待っては

 天国は永遠に待ってはくれない。教会の前で、黒人の牧師がそう云って演説をぶっている。力強く、朗々と、牧師は天の国の到来を説き知らせている。その力んだ説教の音色のなかに、希望と絶望とが交錯する。世界が混乱と混沌のうちにあり、人々は、命だけは助かったものの、以前の暮らしには戻れず、ほんとうのところ途方に暮れている。これは行きづまりなのか、それとも再生への一歩なのか。牧師は人々の困惑と鬱積とかすかな期待とを、よくすくいあげて演説の中へ織りこんでいる。
 熱心な調子に思わず足を止め、話に聞き入る人々。たいていは女、あるいは若い男である。
 悔い改めよ。天の国は近づいた。そう熱烈に説く牧師は救主さながらである。星の終末が確実視されていたとき、この手の熱心な霊的指導者が出てきて、ずいぶんな数の信者を獲得した。人々は死のふちにあって、魂の救いを求めてこれらの指導者にむらがった。結局、災厄が過ぎさり、星ごと命が助かったことがわかったとき、多くの人々は一時の熱狂をそがれて我にかえったが、それでもかなりの数の人がまだこの一派にとどまって、けなげにもこのたびの星の災厄が、おのれの犯した罪の結果と受けとめつづけた。
 天の国はなんじらのものである。日々悔い改め、力ずくで天の国を獲得せよ、なんとなれば、天国は永遠に待っていてはくれないからである。クラウドはあっそう、と思ってそこを通りすぎた。天国は彼に、あまりにも遠かった。あまりに遠いので、もはやあるとも思われなかったし、望もうとも思わなかった。彼には、天の国と地獄との区別は、ひどくあいまいなものに思われた。

 何日かたって、クラウドはふとその説教を思いだしたので、神になりかけた男にそのことを話した。
「ああ!」
 と神になりかけた男は感慨深げに云った。
「その手の終末論は古代からくりかえし唱えられているが、いまだに実現したことはない。それを考えると愉快だ。なんらかの危機が訪れると、この世の終わりを持ちだすやつがきまって出てくるが、危機というものは終わりに直結しているわけではない。そうとりたがる人間が多いが」
 そしてなにかを思いだすように満足げに目を細めた。
 ありとあらゆる危機の元凶であるこの男を見ていると、あまりにも以前と変わらないので、実はなにも起こっていなかったのではないかと思える。もし自分の体に盛大な串刺し傷(とクラウドは呼んでいた)がなかったら、クラウドはみんな夢だったと信じてしまうだろう。でもセフィロスを一度失って、またとりもどしたことに関しては、彼は誇らしかった。子どものころ、駆け足では誰にも負けなかったみたいに、あるいは、村を出てソルジャーになるんだなんて、途方もない誓いをたてたときみたいに。
 可能性と希望。それが子どものころの誇らしさのかげにいつもあった。あのころは、未来が際限なく自分の前に開けているように思えた。時間がぐんぐん前に進んで、自分ののぞみを運んできてくれるように思えた。でも最近クラウドは、時間が前へ進むと見せかけて、戻っているみたいに感じる。停滞しているのではない。ずっと前にわかっていたことが、ほんとうは最初からそうなると決まっていたことが、自分の人生にようやくふりかかってきた、そんな気がしていた。ほんとうは自分が誰で、なにがしたいのかなんて、はじめからみんなわかっていたのに、人間はどうしてひとくさり悲劇をこしらえて、絶望して嘆かないでは、そうなることを納得しないのだろう。ここにひとりの踊り子がいる。その人は自分の踊りが生命を燃やし、世界をたたえるのを知っている。でもそれがほんとうなのか確信をもてないで、違う道へ進んでみたり、ほんとは歌手かもしれないなんて思ったりする。それで、嘆き、苦労し、死にたくなって、ようやく自分がひとりの踊り子だったことを思いだす。
 それで、クラウド・ストライフはなんだったか? 目の前の男を見て、彼はそこに、すべての答えがあるのがわかる。
 セフィロスはものうげに頬杖をついて、なにかの考えにふけるように目を伏せていたが、ふいにその伏せていた目を上げ、クラウドを見て、微笑んだ。悲劇と、詩と、愛と、幸福とが、その笑みの中から、クラウドに向かって微笑んでいた。この男への少年らしいあこがれからはじまった人生は、いくつもの喜劇と悲劇をこしらえながら、結局は、このようなところへ着地した。行きつ戻りつ、円を描くようにして。天の国も地獄もくたばれと、彼は思った。

 クラウドがある予感を感じて北へ向かい、この男を見つけだしたとき、男は森のなかで火を焚いて、その前にじっと座っていた。夜だった。星が美しく、月は三日月に青ざめて黒い空にかかっていた。火の投げかける濃い影が踊るように男の顔の上をかすめ、火の粉は狂おしげに天に向かって燃え上がっていた。ふたりはしばらく無言で炎の踊りを眺めた。そしてそのまま夜が明けてしまった。火は燃えつきた。クラウドは焚き火の残骸から、男へ目を移した。そして自分のなかでなにかが燃え上がるのを感じた。
 彼らには、とりもどさなければならない時間がおよそ七年ぶんもあった。時間は矢のように過ぎた。言葉ははじめさかんにふたりのあいだを飛び交った、だが森の中に隠れるようにしていとなまれる、獣じみた、ほとんど本能のままのような生活が長くなるうちに、やがてなりを潜めた。彼らは言葉を排した沈黙のなかへ、沈黙の空間の澱のなかへ、沈みこんでいった。そして互いの存在のうちにあるもっとも奥深い秘密を、さらけ出し、暴きだそうとした。その最奥までたどり着いたとき……正確にはある夜更け、重なりあうように横たわってお互いをじっと見つめていたとき……彼らは急に、時間がとりもどされたのを感じ、不足が補われたと感じた。相手を食べつくし、飲みこみつくして、もはや自分の、自分たちの存在に、不足も欠如もどこにもないと感じた。時は満ち、いまや互いの存在の外へ、自らをあらわすときだった。そこで彼らはそこから浮上し、言葉をとりもどし、外へ出た。
 目覚めたての春が彼らを誘った。無限の自由を従えて、ふたりは歩いた。結局、タークスの連中に見つかったのは、ふたりがうかつだったのか、連中のよく利く目はしや組織力に負けたためなのか、よくわからない。タークスの連中は当然後者に栄光を帰し、クラウドはセフィロスの目につきがちな見た目のせいにした。若社長は相変わらず若かった。赤毛のレノは相変わらずそのへんのごろつきみたいで、主任は相変わらずなにを考えているかわからない顔をしていた。突然呼びだされて大慌てでやってきたリーブは、苦労のせいか責務のせいか、ひとり奇妙に老けこんで見えた。
 クラウドはぎりぎり歯ぎしりしそうな顔で、万が一セフィロスの存在がおびやかされるような流れになれば、この場にいる全員をぶった斬って神羅の残党をビルごと破壊するつもりでいた。セフィロスの存在がこの世にもどった以上、クラウドはまたぞろこの世の誰よりも反抗的なクラウド少年に逆もどりした。いまや星ごと破壊する可能性を秘めているのは、セフィロスよりもむしろ彼のほうだった。セフィロスが破壊する気でいたときには守る羽目になり、害を加える気がないときには破壊しかねない羽目になる。このいまいましい運命よ! あまのじゃくになろうと思ったことなど、彼は一度もなかったが。
 ルーファウスとの会見は、云いがたい緊張のなかではじまった。若社長とタークスの面々は、この星を破壊しかけた希代の悪党が、のこのこ戻ってきたことの目的を知りたがった。だがセフィロスは、自分には目的などという高尚なものはもはやない、自分の仕事はもう終わったので、いまやなにをする気もなく、いかなる労働も贖罪も世の中に向けて提供するつもりはないと云った。
「それではきみはこれから先なにをするつもりなんだ」
 社長は首を傾け、ちょっとおどけたような、実に不思議だと云いたげな顔で、しかし油断ならない光を宿した目で、セフィロスにそう問いかけた。
「きみの望みはなんだ? なんのためにここにいる? きみは一度は破壊しようとしたものの中へ戻ってきた。その中では、なにかを欲し、なにかを為すことがすなわち存在することだ。きみがそんな生き方に執着するということがあるだろうか。一度は神のようであったきみが。……わたしは考えるのだが、きみがいまこうしてここにいることが、もしも単にきみの気まぐれだとしたら……いや、いまとなっては、わたしはきみのこれまでのあらゆる行動が、単なる気まぐれから来ているのではないかと疑っている」
 いい線いってるな、とクラウドは思った。そしてこの社長のことを、ちょっと見なおした。こういう言葉を操れる男だとは知らなかった。あるいは、ひとつの危機を経験し、この男もこんなふうになったのだろうか。以前は、計算高く行動力もあるが、人間としては単なる自己陶酔的ないやなやつ以上のものではなかったが。
 セフィロスは若社長を興味深げに見つめた。似たようなことを思ったのに違いなかった。
「それは正しい」
 彼は満足げに微笑んだ。
「おれは人生の出だしから、気まぐれ以上の存在だったことはない。自分の気まぐれにせよ、他人の気まぐれにせよ、それ以上に崇高なものに導かれたと云う気はない。それがわかっただけでも大した収穫だ。そしておれはこの単純さを気に入っている、気まぐれに欲望し、行為する、という存在の単純さが。これ以上複雑な存在になる気はない。おれは単純な存在であるためにここにいる」
 ルーファウスはふむ、と鼻を鳴らした。
「ではきみのその欲望とはなんだ? なにを欲し、なにを為そうとしている?」
「おれは存在することを欲する。ここで。ちょうどいまこうしてこのソファに座り、会話を楽しんでいるようなやり方で。おれはたぶん花を植える。あるいはぶらぶら散歩をする。どこかの草原に寝転がり、星を眺め、自分が詩人でないことをくやしがる。せめて絵描きになれないか試みる。雨に打たれ、夕日が沈んでゆくのをじっと見ている。おれはこの存在以外の存在になったことがあるのでわかるが、いつでも、どこでもこういう存在の仕方が可能だというわけではない。要するに、この存在の仕方に愛着があるわけだ」
 そして自分の前に両手を差しだし、愉快そうに眺めた。それからクラウドのほうへ目を向けて、また愉快そうに眺めた。
「そんな人畜無害の生き方を許容するほど、この世界はうるわしいだろうか」
 若社長は脚を組みなおし、相変わらずどこかからかうような、面白がっているようすで訊ねた。
「人々はそれをきみに許すだろうか。きみはまるで自分の生き死にが……あるいは肉体の生成と消滅と云えばいいのか? それが自分の自由になるような口調で話すが、そしてほんとうにそうなのかもしれないが、そんな存在が地上をうろつきまわることは、この星にふさわしいだろうか」
 会話はすでに深刻な一線を過ぎていた。そしてまるで知的な力だめしのような、あるいは言葉あそびのような領域にさしかかっていた。
「きみは昔からそうだが」
 セフィロスが苦笑しながら云った。
「ひとつの質問をしているつもりで実際には三つも四つも投げかけてくるくせがある。そのくせ相手がひと言でわかりやすく応じてくれないと不機嫌になる。いまひとつずつ答えるなら、この世界が人畜無害な存在を許すかどうかという問いに対しては、そもそも前提が間違っていると答える。世界は許しもしなければ禁止もしない。世界はそれ自体では、なんでもない。世界をなにものかにするのは自分の問題だ。そして誰かが許すかどうかは、おれには関係がない。世界は自分が欲するいかなるものにもなる。望むなら、いま、この瞬間にも、ここを地獄にすることも、天国にすることもできる」
 気だるそうにドアに寄りかかっていたレノが、あくびをはじめた。会話が退屈というより、危険が去ったことを感じたための反応だった。会見がはじまったころの、警戒し張りつめてぴりぴりした空気はもう消えていた。敵と味方という線は崩壊した。講和はいつの間に実現されたか? 正確には、誰にもわからなかった。だがタークスの面々は、それが社長の力量だと考えることだろう。そしていつまでもこの若い男について行くだろう。
「それから肉体の生成と消滅に関して云えば、おれはなんの権限も持っていない。できる力のあることと、権限を持つこととはまったく別の問題だ」
 クラウドはレノのあくびがうつってしまった。さっきまで、ふたたび星を巻きこんだ破壊活動に打って出るか否かというような気分だったのに、それを考えると彼は急にここにいるのがばかばかしくなってきた。彼は退屈を感じて、無意識に髪の毛や爪の先をいじりはじめた。
「ああ、悪いがほかに話すことがないのならそろそろ失礼したい。連れが退屈しだした。昔から、彼の退屈を放っておくとろくなことにならない」
 ルーファウスはしばらくじっとセフィロスを見つめていた。それからクラウドを見、もう一度セフィロスを見て、なにを思ったのか、ふいに皮肉っぽく微笑んだ。それから、あきらめたように肩をすくめ、
「いいだろう、きみはいまや星の脅威といったものからはほど遠いところにいるようだから」
 と云った。
「わたしは非常に腹立たしいことを思いついてしまったのだが」
 ふたりを見送るために立ち上がって、ルーファウスは云った。
「きみはまさか、クラウドを退屈にしないために一連の騒動を起こしたのではないだろうか、とね」
 セフィロスは一瞬、驚いた顔をした。
「……そうかもしれない」
 考えこむ顔つきになって彼は云った。
「なるほど。そういう見方もある。そしてたぶん、それも真実の一面かもしれない」
 ドアによりかかって立っていたレノが、面倒くさそうに体を起こし、ふたりを通すためにドアを開けて、わきへ退いた。それを見て、ルーファウスがとどめとばかりにこう云いはなった。
「そんなことはきみと、きみの連れには愉快かもしれないが、われわれにはまったく愉快ではない。きみは気まぐれで行動を起こすには、影響の大きすぎる男だ。われわれはそんなものにふり回されるのはごめんだ。どうか二度と、きみの気まぐれだの連れの退屈だのに他人を巻きこまないでくれ。やるならどうか、きみたちだけでやってくれ」
 そして心底うんざりだという顔で、若社長はふたりを部屋から追いだし、ドアを閉めた。

「あの男があんなふうになるとは思わなかった」
 帰り道……といっても別に帰る場所があるのでなかったが……セフィロスはなにか感じ入ったとでも云えそうな顔つきをしてそう云った。
「たぶんあれは母親の血だ。父親からは、逆立ちしてもあんな男は生まれない」
「あんたら、昔から知り合いだったんだな。考えてみたら当たり前だけど、まじめに考えたことなかった」
「あの男がまだ子どもだったころから知っている。そのころから、自分が世界を動かしていると思っていた」
 セフィロスはなつかしむような顔つきになっていた。
「だからまた、自分が世界を支配できるのだとも。それを当然のように思っていた。生まれつき権力を与えられた人間の宿命みたいなものだ。そして人生の途中まで、それは確かにそうだった。もしかするといまでもそうかもしれない。おのれの力を行使し、それを信じられるという点では、あれもまた一種の楽天的な人種と云える」
「なんだかあんたと気が合うんじゃないかって気がしてきたよ」
 クラウドはちょっとげんなりして云った。彼のまわりには、なにやら破天荒な楽天家が多すぎる。
「いや、たぶんだめだ。二時間とたたないうちに、お互いの存在が鼻についてくるに決まっている。憎しみあうとまではいかないだろうが、いらいらして、気づまりな雰囲気になり、会話は上すべりしだして……なんだ?」
 クラウドがじっと自分を見あげているのに気がついて、セフィロスはふり向いた。
「別になんでもないんだけど」
 そう云ってクラウドは相手の男から目をそらした。
「あんたって、変わんないなあって思って」
 ひょっとしたら、そのひと言が、セフィロスの上機嫌の仕上げをしたのかもしれなかった。彼の足どりはいまや、なにか不滅の軽快なリズムを刻むようだった。そしてあたりはいかにも春だった。赤いひなげしが平野の一面に咲いて、彼らが横を通りすぎるとき、うやうやしくあいさつを送ってきた。日差しはやわらかな膜のように、眠たげな光で午後の平野をつつんでいた。その午後のうるわしい景色に、ひとつかみの機敏さを、あるいは力強さを与えようと、どこかから鷲が飛んできて、悠然と飛びさっていった。
「大鷲だ」
 クラウドは手をひさし代わりにして目の上にあてがい、その優雅な飛行を見おくった。
「永遠に若がえり続ける不滅の生命か」
 セフィロスは微笑んだ。
「おれもそんな気分だ」

 遠くに、再建途中の町が見える。教会の鐘塔が、まだ骨組みの建物や覆いをかぶせてある建物のあいだから、頭ひとつ抜けてそびえ立っている。が、そのうちにもっと高い建物に囲まれて埋没し、見えなくなってしまうに違いない。破滅をまぬかれ、生活の必要のなかへふたたび投げこまれたために、人々は以前の日常を必死にとりもどそうとしている。現実というものには、あるいかんともしがたい頑固さがそなわっている。肉体はたとえ失意や絶望のど真ん中にあっても空腹を訴え、そのため人はその日の糧を得る行動をやめるわけにいかない。どのような悲劇も、激情も、破壊も、この頑固さを滅ぼしつくすことはできない。この頑固さこそが喜劇の源であり、人を活かし、人を生へと放りこむ。生きることにまつわるたくましさは、それゆえに、人間のうちにあるというより、もたらされるもののようにも見える。人ってたいがい、そうは云ってもなかなか死なないし、究極の破滅なんてそうそう訪れるもんじゃないなとクラウドが云うと、セフィロスはちょっと考えこんで、こう云った。
「おれはたぶん、終わりというものがほんとうにあるのかどうか確かめたかった」
 セフィロスが自分のやらかしたことについて語るとき、どこか楽しげですらある。失敗を楽しめないやつはばかだ、と昔ザックスが云ったことがあるが、もしかするとその考えは、存外この男からもたらされたものかもしれなかった。セフィロスの変な楽観主義が、妙になりゆきまかせなところが、周囲の人間をもまた楽天家にしてしまったのかもしれなかった。
 セフィロスの話は続いた。ものごとの終わりというものがほんとうにあるのかどうかについて、星ひとつをかけて実験したところ、このような結論に達した。詩人と絵描きがいるかぎり、なにものも永久に滅びさりはしない。地上に歌と踊りのあるかぎり、誰も記憶の外にこぼれ落ちて、忘れさられはしない。地の者はこれらのことを誇りに思うべきである。そしてその生命を謳歌すべきである。
「もしもものごとに終わりがあるのなら、永遠は存在しないことになるが、永遠というものがほんとうにあるのかどうか、おれは疑っていた。そしてあらゆるものに終わりをもたらすものがいったいなんなのか、知りたかった」
「で、なんかわかった?」
 クラウドはこの手の話についていけるとは、はなから思っていなかった。だがそのくせ彼がなんの気なしに投げかえす質問や感想は、よくセフィロスをおもしろがらせたり喜ばせたりした。このたびも、セフィロスは投げかけられた質問に喜んで応じた。
「存在するものは、決して消えはしない。存在が存在をはじめた以上は、なにものもそれを消しさることはできない。存在が、非存在に転落することはあり得ない……死によってさえも。つまり、その意味では終わりは存在せず、永遠が存在するわけだ」
 不滅の鷲が、いつの間にかまた戻ってきて、頭上を旋回していた。呼びかけるかのような、甲高く連続した短い鳴き声を発して、鷲は天の王者のように、上昇し、下降し、自在に飛びまわった。
「すべてのものは、それ自身と対になるものを持っている。なにもかもが、存在のなかから、自分の対象である相手に呼びかけている……そうしてふたつのものが交わるとき、完全になり、永遠が立ちあらわれる。おれはその果ては見なかった。おそらく、すべてのものごとは、完全になる途中にある。完全性への道の途中に……だから、つまり、旅の途中に」
 鷲はさらに高く、大きな弧を描いて、また飛びさった。今度こそ一目散にどこかを、あるいはなにかを目ざすようにして。
「そのために、すべては移り変わり、変化する。なにかを欲し、なにかを為すことのなかで。そのとき、可能性とその実現とがこの世に呼びだされる。そのくりかえしだ。だから至福は、あるいは天国は、もし欲するのなら、待っていてつかめるものではない。だが手を伸ばせば、それは確かにいまここにある」
 クラウドはいつか教会の前で聞いた牧師の説教を思いだした。そしてあの牧師のなにかに憑かれたような熱っぽさと、となりを歩く男の充足した、地に足の着いた雰囲気とを比較した。そして自らもまた満ち足りて、自分がいまやなにもかもを持っていると感じて、微笑んだ。
 ひなげしの揺れる平野は、見わたすかぎり続いていた。眠くなるような果てしのなさで、どこまでも広がっていた。クラウドはなんだか眠くなってくるようだと云った。セフィロスはうなずいた。
「この景色は確かに、昼寝にぴったりだ。そしておれは昼寝を愛する。まったくすばらしい」
 そう云いながら、セフィロスはだしぬけに地面に倒れこんだ。そして揺れる花々のなかに埋もれた。
 日差しはなお高く、ふたりの上にあった。そしてみずからの光の下にあるあらゆるものへ、祝福を送っていた。