墓に添える花は、うんと派手なのがいい

 墓に添える花は、うんと派手なのがいい。白だの薄紅だのぱっとしない色は、ごめんこうむる。ド派手なピンクとか、目の覚めるようなブルー。真っ白をちょっと加えて、統一感を出す。もと自分の故郷にある花屋で、ほぼ開店と同時に、クラウドは店員がびっくりするくらい派手な花束をこしらえてもらった。それを抱えて、店を出る。給水塔はもうない。家の並びも、全部変わっている。もちろん、あの幼なじみもいない。とっくの昔に。昔を思わせるものは、もうなにもない。セフィロスがみんな壊してしまって、それから復元されて、それも結局時代の流れで全部変わってしまった。何度もつぶされて、作り直された村。クラウドはもうここが自分の故郷だとは思っていない。故郷なんて、たぶん心理的なものだ。その気になれば、必要ない。ほかに帰る場所が、所属できる場所があるならば。
 セフィロスは村はずれで待っていた。銀色の長い髪は目立つけれど、クラウドは目立つからという理由で改めさせる気はない。ぜんぜん。その髪がとてもセフィロスらしいから。その髪が遠くで、あるいは近くでもいいが、揺れているのが見えると、正直な話、ほっとする。とりあえず、もう大丈夫。たとえばここでなにかあっても、セフィロスがなんとかしてくれる。クラウドはふたりでいるとき、いろいろなことを全部放棄できる。自分の責任、自分の生命、自分の身体。全部彼にあずけてしまう。これは、ちょっとすごいことだ。
「ずいぶんでかいのを買ったな」
 セフィロスはひと抱えある花束を見て苦笑した。
「だって、墓参りだから……派手にやらなきゃ。湿っぽいのはお断り。母さん、そういうひとなんだ。おれもそういういうひとだよ」
「それは知っている」
 ふたりはニブル山に向かって歩きだした。変な形の山だ。むき出しの岩肌が、ところどころ奇妙にねじれてつき出している。この山には、昔からいろいろな伝説がある。人類の歴史がここからはじまったというひともいる。モンスター発祥の地とか、神々が集う山とか、いろんな説がある。それくらい、この山の雰囲気は独特で、重苦しい。実際、ニブルヘイムはいろんなはじまりの村だ。クラウドにとって、そしてセフィロスにとって。ふたりは、トポスの問題でもいろいろと結びついている。にかわでくっつけたみたいに、全面的にべたっと。
 のんびりピクニックの気分だった。天気はいい。相変わらずの長い吊り橋を渡って、羊腸たる山道を、登っていく。魔晄炉あとは、もうない。セフィロスがぶちかましたメテオの大事件のあと、鬱憤のたまっていた誰かが……たぶん反神羅派の人間たちだ……寄ってたかって世界中の魔晄炉を壊しにかかったらしい。クラウドは詳しくは知らない。どうでもよかったからだ。セフィロスはもっと知らない。そのころは、まだ地上に戻っていなかったから。
 だから、ニブル山を歩いていても、思い出す思い出はそんなに暗くない。クラウドは子どものころを思い出す。だめだと云われても山に登ろうとしたこととか、珍しい石ころを探したこととか。それから、ここにセフィロスと来たときのこと。あのときも、いまと同じくらい彼のことを好きだった。いまと同じくらい、彼のことを信用していた、心から。というより、生涯で変わらない情熱はそれだけだ。セフィロスを死ぬほど愛していることと、全身全霊を捧げていいと思っていること。実際、彼が村を焼き払ったとき、その情熱は最高潮に達していたのだと思う。とうとう。とうとう、セフィロスを憎むことができるようになった! 愛して、憎むなんて。最高じゃないか。これで間違いなく地獄行き。
 そういうことを、セフィロスはいまはもう知っている。そのときは、知らなかったのに違いない。完全に、見くびられていたのに違いないのだ。ほんとうのところ、クラウドはそれで傷ついたのだと思う。自分の中の情熱が、地獄まで追っかけていくようなものだってことを、彼がわかっていなかったから。そういう執着だということを、知っていると云いながら、わかっていなかったのだ、セフィロスは。クラウドがまだ、子どもだったから。そしてたぶん、セフィロスが優しいから。彼は優しいので、そんな情熱がほんとうに存在することを、信じられなかったのに違いない。だから、クラウドは地の果てまでも追っかけていって、相手を刺し殺すことで、示さなくてはならなかった。殺したいほど好きなこと。愛した男のためなら、なんだってできる人間なこと。セフィロスが望むものは、全部与えるつもりがあるのだということ。
 ……そしていま。ふたりはクラウドの母さんの、墓参りの途中だ。かつて歩いた地面を、気軽に踏みながら。クラウドは幸せだった。昔のいろいろなことが、遙か彼方に消えてしまった。これでいいんだと思える。ザックスはちょっと恋しいけれど。自分のために死んでしまったザックス。後悔しすぎて、もう後悔するのに疲れた。できることは、めいっぱい幸福でいること。お呼びがかかるその日まで、めいっぱい、生きること。ザックスのために。
 山の頂上近くの、小さな平地。見晴らしがとてもいい。奇妙に盛り上がった土と、おっ立てられた十字架。簡易式の墓だ。手作りの。ここに、母さんが眠っていることになっている。あくまで、生きている人間側の都合だ。気分的な問題だ。クラウドはそこに、買ってきた花束を置く。それから、十字架の上からワインをぶっかける。母さんは酒好きだった。飲み屋で働くべきだったかもしれない。都会の、騒々しい飲み屋で。たぶん人気が出ただろう。母さんは明るいから。
 ワインの残りは、ラッパ飲みしてしまう。瓶は叩きつぶして、そのへんにばらまいてしまう。クラウドはセフィロスに抱きつく。キスする。気分よくなって、帰る。これが、正しい母さん直伝の墓参りだ。父さんの墓参りをするときは、母さんはいつも陽気に酔っぱらっていた。辛気くさいのなんて、まっぴらでしょ、死人も、生きてるほうもね。あんた、早くおとなになりなさいよ、あたし、あんたと飲みたいんだから。
 どうせそのうちなるよ、母さん。クラウドは笑ってそう返したのだ。そうなる前に、死んでしまうなんてちょっと予想外だったけれど。でもいいのだ。墓参りのたびに、母さんと一緒に酒盛りしている気になれるから。たぶん、一緒にしている。母さんはこのへんに、空気の中に、そばにいるのだ。いつも。こちらが、相手を想うときには。
「毎度のことだが、こんな陽気な墓参りは、見たことも聞いたこともない」
 セフィロスが苦笑する。風変わりなストライフ家。彼はそれに深く関わっている。とても深く。その因縁。定められていた運命。そして、いま現在の約束されていた幸福。そうだ、これは約束されていた。みんなこうして、幸福になるために、生きている。幸福になるために、あらゆる試練を堪え忍んでいる。ある人間には、幸福は死んでから訪れる。ザックスはこっちだ。また別の人間には、生きているうちに訪れる。ちょうどふたりきりで幸福な、自分たちのように。自分の魂の半分を、この地上で見出したひとたちは、なにがあっても幸福だ。最後には、あらゆるものを越えて、勝利する。勝ち取る。窒息するくらいの幸福を。