forgiveness

 コスモキャニオンは赤土に覆われた、とても美しい渓谷にある。真っ赤な乾燥した大地から岩がつきだし、盛り上がって、優雅な、あるいは勇ましい曲線を描いてひとつの谷を作り上げている。この土地のひとびとは、昔から星の意志を実によく感じとり、それに調和した生活を送ってきた。彼らは星と、そのクリエイター(大いなるものを彼らはこう呼んだ)に敬意を払い、いつも感謝の気持ちを忘れない。彼らが行う儀式はその気持ちをあらわしたものだが、ただのお祭り騒ぎとは違うどこか引き締まった空気と、浄化作用を持っているように感じられる。
 彼らはまた宇宙研究のプロでもある。星座、惑星の軌道、太陽と月、そうしたものの位置関係を、実に正確に計算する方法を知っている。科学技術が発達する遙か以前に、なぜそういう方法が発明、発見されていたのかは、誰にもわからない。
 そういうわけで、この地域はとても独特だ。赤褐色の肌をしたひとびとは穏やかで調和的であり、来るものは誰でも歓迎する。美しい民族衣装に身を包み、顔には鮮やかな化粧を施している。彼らをまとめるグルは正真正銘のシャーマンだ。まがいものの占いや、脅しめいた予言はいっさいしない。古代種ではないが彼らもまた、星と意志の疎通ができる者たちだ。特定の儀式を行い、その声を聞き、あるいは感じとることができる。
 星に感謝を捧げるための祭りは、コスモキャニオンに住むひとびとにとって、最大のイベントだ。いくぶん観光化されたとはいえ、儀式は本物で、シャーマンたちはほんとうにトランスする……もっとも、そのシーンを一般客が見ることはできないのだけれど。一般に公開されているのは儀式のフィナーレである聖なる火を囲っての歌と踊り。これが三日三晩続いたあとに、厳粛な祈りの時間、そうして、魂の底から感動して、おしまいだ。
 祭りの最中には、各地から観光客が大勢やってくる。いろいろな肌の色が、赤い大地の上に集まる。白いもの、黒いもの、茶色いもの、黄色がかったもの、そして地元の、あかがねのような肌。あかがね肌のひとたちは、とても親切に客をもてなす。ホテルはおもにテントだ。集落のとなりに即席のテント村ができるのだけれど、独特に細長い三角テントががらがらと並ぶさまはなかなかに壮観だ。水浴び場では子どもたちがわあわあやるし、夜通し松明が灯されて、高揚したような、芯から落ちついたような、不思議な気分を持続させてくれる。そのせいかどうか知らないが、祭りが終わったころにこの場で結婚したいと云いだすカップルが毎年必ず何組か出て、祝福を授けるシャーマンたちがまたもや大忙しになる。ときどきは、彼らの中から谷への定住者があらわれて、これまで育ってきた文化の洗礼を、きれいさっぱり捨て去りもする。
 赤く乾いた大地を踏むのは久しぶりのことだった。セフィロスはその土の感触に、においに、この場に満ちている空気に、ひどく感じ入ってしまい……ほんとうに独特なのだ……薄く微笑し、大きく息を吸いこんだ。そうしてとっとと先へ行こうとしているクラウドの腕をつかんで引き止めた。クラウドが振り返って、そうしてまじまじとこちらの顔を眺め、眉をつり上げた。
「感動タイムだな?」
 セフィロスはうなずいた。
「大地が赤いというだけで、どうしてこういままでのものとはまったく違った印象を受けるのだろう」
 クラウドは知らない、と云った。
「ときどき、おまえがそっけなさすぎるという気がする」
 クラウドは今度は、ばかにしたような顔をした。
「おれは立ち止まる必要がないんだよ。おんなじ感動でもさ。あんたとは感じ方が違うんだ。あんたが時よとまれタイプなら、おれは時よ進めだね。そっちのほうが刺激的でおもしろい」
 セフィロスはとても納得した。ふたりはまた歩きだした。
 彼らは、この一大イベントに招待されている。家に招待状が届いたのだけれど、これは、かなり不思議なことだった。いくら昔なじみとはいえ、コスモキャニオンに住む友人に、クラウドはいちいち住所を公開しているわけじゃない。実際もう何年も連絡を取っていなかったのに、ある日ふたりの家の玄関に、白い封筒が置いてあった。誰が届けたのかわからない。でも、それは間違いなくコスモキャニオンからの招待状だった。日付が指定されていて、今年の祭りにはぜひそろって来るように、と書かれていた。セフィロスは興味を持った。前々から、コスモキャニオンのその祭りは、ぜひとも見てみたいもののひとつだったから。これまでは、遠慮して行かなかったけれど、招待されたのなら行くべきだった。クラウドもそれには同意した。この招待状がどうやって届いたのか、それも聞かなくちゃならないし、と彼は不思議そうに封筒を眺め回して、云ったのだ。
 太陽は大きく真っ赤で、頂点を越え、西の空に沈むためにじりじりと傾きだしていた。
「夕方には着くかな」
 クラウドが手をひさし代わりにして太陽を見つめ、云った。
「おそらくは……おまえが寄り道ぐせを起こさなければ」
「寄り道ぐせってなんだよ。好奇心旺盛って云ってくれるかなあ。子どものように無邪気とかさ……おれこれでも、あのでっかい岩に登りたいっていう衝動を、すごく抑えてるつもりなんだけど。登りきって、てっぺんでわあーって叫んだら、気分よさそうだと思わない?」
 クラウドが指さしたはるか先に、たしかにひどく立派な、背の高い岩があった。あれを征服するのは楽しいことに違いないだろうが、常識的な時間に谷間の集落へたどり着きたいのなら、どうあっても後回しにしなければならない。
「帰りにしておけ」
 セフィロスは云った。
「でも、帰りにまたあいつに登りたいと思うかどうかわからないよ。いまの自分と未来の自分は別のひとだからさ」
 クラウドが妙に哲学的なことを云っているように思えるのは、この谷に充満する独特の空気のためだろうか?

 クラウドの古くからの知りあいのうち、罪深くも(かどうかはひとによるが)まだ生きてるのはふたり。ひとりは、おそろしく陰気な元タークスの男で、まともなのか向こうの世界に行っているのかよくわからない。彼が恋こがれ、いまだにその胸に入れ墨並みにしつこく刻みつけている女は、セフィロスのいわば母親というやつだ。クラウドがやいやい云う母さんと、おなじ存在だ。クラウドは、そのひとのことをこう云っていた……美人だったよ、なんか見るからに幸薄そうだったけどさ、でも顔は確かに最高だった。あれは、ひとりの男を何百年も縛りつけるのに値する顔だと思うよ。罪作りだよね。あんたみたいに。そうしてクラウドは、キスしてきた……この陰気な男には何度か会ったことがあるけれど、確かにあれは、過去の亡霊につきまとわれている男だ。いい加減抜けきればいいのに、抜けることに恐怖を感じている。自由になることが恐怖……わからない感覚ではない。こういう人間には、いつか運命が道を示すのだ。果てしない時間がかかっても、いつかは。
 そしてもうひとり……あるいは一匹は、目指すコスモキャニオンに住んでいる。生まれつきの長寿で、おそろしいことにしっぽが燃えているが、気性はさほど荒くない。彼の存在もまた、この土地にひどく独特の魅力をつけ加えている。人語を解し、何百年と生き続けている彼は、歴史そのものであり、あらゆる知の象徴でもある。彼に会うために、長い旅をしてくる者もいる。クラウドは、彼を割で気に入っている。自分を偽ることにかけては、おれみたいに詐欺的だし、と云って。たしかに彼は、クラウドに会うと口調ががらりと変わる。普段の威厳たっぷりの話し方は引っこんで、いつでも彼と旅をした、昔のやり方に戻るのだ。クラウドは、だから、彼のことを好きだ。変わってゆくものと、変わらないもの。取り巻く環境が、年月が変わっても、その本質は変わらない、ということ。そういうものを見るときに、きっとクラウドはとても感慨深い気持ちになるのに違いない。
 赤鼻の彼ははじめ、当然だがセフィロスをとても警戒していた。でもそれをやるとクラウドがもう二度と口を利いてくれない事態になりかねないということと、そしてなにより、クラウドが保証する人物だというので……昔のごたごたはあるにせよ……なにかを納得したらしかった。時が過ぎるというのはいいことだ。なにもかも、絶対的な時間の流れに包まれて、ぼんやりと薄れてしまう。どんなに強烈な体験も、感情もだ。傷さえも。その作用もあったに違いない。彼が、セフィロスという東西きっての犯罪者を、受け入れられた理由だ。それから、彼がクラウドをとても好きらしいこと。彼もまた、クラウドの本質を見ている。皮肉屋で口が悪くて態度も悪いクラウドだけれど、でもその奥に埋もれている、どうしようもない繊細さ。ある感度。
 集落の一キロばかり手前で、真っ赤な堂々たる体躯の獣が待ちかまえていた。クラウドは遠目にそれを見つけると、小走りになってセフィロスを置いてけぼりにした。ひとりと一匹は、決して派手ではないが感動的な再会をした。赤いのが人間の脚に鼻をこすりつけ、人間は赤い毛並みをそっと撫でた。ふたりはすぐに離れたけれど、男どうしの再会なんてものは、それくらいがちょうどいいのだ。赤いのが、まったく獣が吠えるようにまくしたてはじめた。
「クラウド、元気そうでよかった。もっと頻繁に来てくれなきゃ、オイラ息がつまっちゃうよ。みんなの前じゃ、いつも重苦しい話し方してなくちゃならないんだから。年をとってるから仕方ないことだけど……そりゃあ確かに、じっちゃんはナントカじゃとかナントカだのうとか、年寄りくさい話し方が板についてたよ。でもオイラは、そういうのは正直云って恥ずかしいんだ! では語って聞かせよう。あれは私のしっぽがまだいまの三分の一くらいしか燃えていなかったとき……とかやり続けるのは、いくら役目だからって、あんまりだよ!」
 クラウドは笑い転げた。
「確かにね。おまえも大変だな。あ、それより、この招待状だけど」
 クラウドはポケットからごそごそと白い封筒を引っぱりだした。
「無事届いたんだね」
 ナナキは目を細めた。
「今年は、オイラの友だちを招待してほしいって、あるシャーマンに云われた。その意味だけど、きっと参加すればわかるよ。招待状を出したのはそのシャーマンだけど、どういうわけか、必ず届くんだ、宛先に。届けているのは星だって、彼は云ってる」
「ずいぶんでかい配達屋だな」
 クラウドは云った。ナナキは赤鼻を鳴らして笑った。セフィロスはようやくクラウドに追いついて、その斜め後ろで止まった。ナナキに向かって小さく頭を動かすと、彼がほんの一瞬、固くなった。
「いいかげん慣れろよ。踏んでも蹴っても怒らないし、隕石とかぶつけたりしないからさ。まあ親しみにくいやつなのは認めるけど」
 クラウドはナナキの耳の後ろをなでつけて笑った。
「おれは誰にも隕石をぶつけたことなどないが」
「対星の前科があるだろ……ナナキ、こんなのほっといて行こう。風呂入れる? 全身土埃まみれだよ」
 クラウドは歩きだし、ナナキがこちらを振り返った。
「別にいまさら、君のことを怖がってるとか嫌ってるわけじゃないんだ」
 彼はすこしばつの悪そうな顔になった。
「でも昔の記憶ってやつで、赤鼻が、本能的に警戒しちゃうんだよ。そうすると、全身が警戒態勢に入っちゃうんでね……反射神経なんだ。動物的なね」
 セフィロスは首を傾けた。
「君たちの種族は、鼻がセンサーなのか?」
「犬に似てるなんて云わないでくれると助かるよ。複雑な気持ちになるから」
「いや、そんなことは考えていなかった」
 ナナキはほっとした顔になって、クラウドのあとを追いかけはじめた。

 決して大きくはない集落は、祭りの準備真っ最中だった。男たちはものすごくたくさんのテントや、テーブル、薪などを運んでいた。女たちは飾りつけや、鍋釜を準備し、子どもたちがそのあたりを転がり回る。落ちついた雰囲気をまとったシャーマンたち……彼らは、ひと目でわかる複雑に絡まった模様の服を着ている……は、あちこちに座りこんで、なにかの植物の葉を選りわけたり、つたのようなもので熱心になにか編んでいた。広場の中央で、決して消えることのない聖なる火がゆらゆらと燃えている。熱でゆらぐ空気が、セフィロスをなにか幻想的な気持ちにさせた。
 明日の夜から、一般公開される三日ぶっつづけの祭りがはじまる。今日は丸一日、谷のひとたちはその準備に追われている。あかがね肌のひとたちはそれでも、あきらかにこのあたりの人間とはちがうふたりを見るや、作業を止めてにこやかに微笑みかける。小さな子どもたちは、セフィロスのやけに長い銀髪を、あきれたような、おどろいたような目で長いこと追いかけた。
「ふたりが来るから、いつもみたいに部屋を空けておいてもらったよ。夜になったら、祭りの第一部がはじまるからね。風呂に入るなら、早くしたほうがいいよ。夜から本番だからね」
 ふたりは宿屋の……祭りの時期は営業していない、とても泊めきれないからだ……ひと部屋にまとめて放りこまれた。クラウドはさっそく、風呂場に飛びこんでいった。セフィロスは長いこと歩いてきた脚をねぎらいつつ、窓の外を見た。空が、ゆっくりと紫に変わろうとしていた。星が輝きはじめている。真っ赤な岩だらけの渓谷が、穏やかな夜の気配に包まれようとしている……赤から黒への変化の、その美しさを、セフィロスはじっと眺めていた。ここは星命学の発祥の地だ。星の鼓動、星のリズム。太古のひとびとが感じていたように、いまを生きる人間たちもまた、それを正しく感じているだろうか……そしてそのすばらしさを。
 クラウドがなにやらぶつぶつ云いながら風呂から出てきた。
「なあ、セフィロス、おれ今日どこかに脚ぶつけた? 青あざができてるんだけど」
 クラウドは白い脚を、彼の目の前にさらした。ふくらはぎのあたりに、青いしみのようなあざができている。
「さあ……いや、昼前に、方角の違っている標識に腹を立てて、蹴ってはいたか。どつきまわしていたから、そのときじゃないのか」
「そうだっけ? でも、青あざ久しぶりだ。押したら痛いかな……痛いよな……うわ、痛い!」
 彼がぎゃあぎゃあわめくので、セフィロスの感慨はすっかりどこかへ行ってしまった。でも、それはいつものことだったし、ぜんぜん問題ではなかった。

 集落の中央にある広場には、ほぼすべての住人が集まっていた。聖なる火を囲むように、地べたに座りこんで食事をとり、そうして 一般には公開されない、住人たちだけの祭りがはじまった。
 火を取り囲んで、シャーマンたちが座る。祭りは、祈りからはじまる。もっとも年長のシャーマンの口から出てくるのは、古い古いこのあたりのことばだ。みんな目を閉じ、そのことばが意味するところに、意識を合わせる。長い長い星への、感謝の祈り。大地と、その力への感謝の祈り。セフィロスはその神秘的な雰囲気に飲まれる。目を閉じて、不思議な祈りのことばの中にいると、自分とほかの人間と星と、なにもかもがひとつであることを、とても感じられる。かつて消し飛びかけた星。そこに息づいている生命。
 祈りの時間が終わると、太鼓が打ち鳴らされ、歌が歌われて、聖なる火の中に、赤茶けた葉がさかんに投げ入れられる。その煙が人間と、星の意志とをつなぐのだという。燃料を大量に与えられた炎は、どんどん大きく、激しく燃え上がる。シャーマンたちは、ことばを発しながら踊り出す。星に捧げるための踊り。一連の儀式によって、彼らは星とことばを交わす。古代種は直接的にそれができる能力を持っていたわけだが、それを持たない人間でも、感じることは可能なのだ。祈りによって、あるいは儀式によって。つまり意識を、星に同調させることによって。星の意志は、誰にでも開かれている。それを感じ取ることができる者には、惜しみなく祝福が与えられる。困難をともなう、けれども美しい人生が。
 隣に座っていたクラウドの身体が震えた。高揚しつつあるエネルギー、そうして儀式の、原始的な力強さと美しさ。クラウドはすっかり、それに感じ入っている。彼らのもとへ、ひとりの年老いたシャーマンがやってきた。顔に化粧を施し、耳飾りや首飾り、腕輪をたくさんぶら下げている。
「あなたがたに、メッセージがあります」
 彼はふたりの前に座り、深いお辞儀をした。ふたりもそれにならった。
「あなたたちも、やがて星に還ります。いろいろな事情で、ひとよりもすこし先です。でも、これはたいした時間ではありません。あなたたちは、ほかのすべての者と同じように、星に愛された者です。このことに、例外はありません。これがメッセージです。わかりましたか」
 クラウドを見ると、彼はこちらを見上げて、笑っていた。セフィロスがうなずくと、シャーマンはもう一度深いお辞儀をして、立ち去った。
「……だってさ」
 クラウドがつぶやいた。
「おれてっきり、ザックスがおーい閣下ー、とか云ってくるのかと思ったよ」
 セフィロスは吹き出した。
「彼らはそういう個人的なメッセージの伝達屋じゃないだろう。彼らが交わっているのは、もっと大きなものだ」
「エアリスが」
 クラウドが久々に……ほんとうに久々に……その名を口にした。
「星の声は、大勢のひとがざわざわ云ってる感じだって云ってた。結局さあ、古代種って、なんなんだろう?」
 セフィロスは微笑した。
「これは仮説だが」
 永遠に消えない炎のまわりで、歌と踊りと太鼓が、続いている。空まで赤く染めあげそうな炎。それでも漆黒の闇をたたえている夜空には、星がいくつも、輝いている。
「古代種というのは、星の意志と対話する能力に長けた者たちの集まりだったのではないだろうか。あるいは、はるか昔の人間たちは、それを自然にできていたのかもしれない。時代が進むにしたがって、その能力を失う者の割合が、多くなっていったのかもしれない。文明化ということの、代償として」
 クラウドは鼻を鳴らした。
「ここのひとたちは、こういうやりかたで、星と会話できるわけだろ? てことは、おれにもできるの?」
「いや。実際にそれができるのは、この集落においてもひと握りだ。なんだかおれにもできそうに思うんだが、やはりできない。潜在的な能力だろうな、これは」
「おばけが見えるひとと一緒だ。おれ見えない。見えなくてよかったって、昔からずっと思ってる」
 そう云ってクラウドはまた鼻を鳴らした。
「あの招待状ってさ」
「……ああ」
「さっきのメッセージ、伝えるためだったのかな……星が」
「そういう解釈が一番すっきりしていると思う」
 クラウドが深いため息をついた。
「なあ、おれたち星の嫌われ者じゃなくて、よかったじゃないか。おれてっきり、そうなんだとばかり思ってた。いつかは、ちゃんと死ねるってことだ。それに……」
 それに、あんたのしたことは。そこまで云ってクラウドは、ふいに口をつぐんで、炎の前で行われる儀式に見入った。炎の揺らめきが、彼の顔にゆらゆらとした影を投げかけている。セフィロスはその続きがわかっていた。だから、云わずにおいてほしいと思った。現実に、ことばに出されたなら、彼はあまりのことに倒れてしまいそうだったから。

 

 歌と踊りは、深夜まで続き、何人かのひとたちが、ふたりのように特別なメッセージを受け取っていた。子どもたちは太鼓がばんばん鳴らされる中で、地面に転がって眠っていた。おとなの中にも、そういうのがいた。ひどく熱狂的で、神秘的な夜だった。空が白みはじめたころ、ようやくお開きになって、ふたりはほんのすこしだけ眠りに、部屋に戻った。でもクラウドは寝るつもりがないみたいだった。彼の身体は、まだ興奮から冷めていなくて、セフィロスに抱きついてキスしてきた。彼の興奮は、いつでもすなわちセフィロスの興奮となる。唇を離したわずかな隙に、目を開けてクラウドを見ると、目が合った。彼の目は涙の膜の中で、泣き出しそうな具合に揺れていた。セフィロスはそれに、彼の感情を、感動を痛いくらいに感じて、ふるえがちなため息をついた。クラウドの手が、こちらの髪の毛を伝って、何度もすべり降りた。
 両足を大きく開かせて突きあげると、歓喜の混じった声が上がる。白いシーツの上に、金髪がぐしゃぐしゃに降りかかる。赤みの差した目尻に、ふいに唇を寄せたくなったのでそうした。離れようとすると、クラウドが頭をつかんできた。
「さっきの、話、だけど」
 息が上がっていてうまく話せないくせに、彼は目をわずかに開いて、云った。
「もう、時効だな。って、云いたかっ、た、んだ」
 いまなら、云ってもいいかなってさ。こういううれしいことは、半分こしないとね。
 クラウドは絶え絶えに云うと、彼の頭を解放し、いまのことなんてなかったみたいに、中で締めあげて、セフィロスをあおってきた。快楽と歓喜が入りまじってしまうと、もうどうしようもない。セフィロスは顔をゆがめて笑い、そのすべてを、望み通り彼と半分こすべく、行動を開始した。クラウドが先刻云っていた青あざに、そういえばまだ触れていなかった。彼はその脚を持ち上げて、もうだいぶ薄くなってしまっている青いやつを見つけだし、舌でなぞり、唇をあてがった。クラウドがちょっとむずかった。よく蹴りをくり出す両足を肩に引っかけて、熱く湿った内部の感触を、温度を、味わう。そしてそこから得られる快楽を。つながっていることの、至福を。
 彼はまったく、幸せだった。純粋な幸福の、歓喜のただ中にいた。この存在が肯定されていること、そうしてクラウドがいること。それと確かにつながっていること。心が平穏であること。
 ……もう日が昇っている。外が騒がしくなってきた。観光客が入りはじめたのだ。結局、一睡もせずに、三日三晩続く騒がしい祭りに突入することになるわけだ。セフィロスは、快楽と感慨の名残でいっぱいの、自分からは起き上がりそうにないクラウドを抱き上げて、風呂場へ向かった。午前中に、昨夜世話になったシャーマンに礼を云わなくてはならないし、あちこちに挨拶回りをしないとならないと思っていたから。

 

 ナナキは、集落を見下ろす岩山のてっぺんで、観光客たちが続々と入ってくるのを見守っていた。クラウドが近寄って、軽く手を挙げる。
「おはよう、ふたりとも。夕べはどうだった?」
「すさまじかったよ」
 クラウドは実は寝てないなんてことはおくびにも出さずに云った。
「いかれてるね。太鼓がどんどこ鳴って、歌があって、火がごうごう燃えて、がんがんに踊ってるひとがいて」
「メッセージを受け取った?」
 クラウドはうなずいた。
「よかった。誰かここの住人じゃないひとを招待するってことは、そういうことなんだ。星が特別にそのひとに伝えたいことが、あるとき。オイラも一度だけ、受け取ったことがある……今日からは、騒がしくなるよ。歌と踊りがぶっつづけだし、いろんな催し物もある。毎年、忙しすぎて誰か倒れやしないか冷や冷やするよ。でもみんな、楽しんでやってることだからね。それから、オイラ、この三日間は昼間のあいだずっと長話したり、誰かと会ってなくちゃならないから、あまり相手ができないよ。もちろん、いつもの口調でやるんだ。ほう、これはこれは遠いところを、よくいらした。ではお望みの話を語って聞かせよう、かつてこの星が未曾有の危機に瀕したとき……って具合のやつだよ。誰でもそれを聞きたがるんだ。でもまあ、大事なことではあるよね。過去のことを知るってことは」
「ひと仕事だな。おれ、ただのひとでよかった。わかんないことがあったら、このひとに振っていいよ、話」
 クラウドが無責任にセフィロスを指さした。
「悪役側の舞台裏、なんでも知ってるから。おまけにまとめ上手だしね。ちょっと長くなるけど」
「そりゃ助かるよ。みんな、長ければ長いほどありがたい話だと思ってるんだから」
 ナナキが心底ほっとしたという口調で云った。ふたりは笑いだし、セフィロスは少々寒気がした。

 夜とともに、本格的なお祭り騒ぎのはじまりだ。今度は、もっとくだけた踊り。女たちが鮮やかな衣装で踊り、子どもたちも少々もたつきながらそれに加わる。大地をふるわせるような太鼓のリズムは、止むことがない。広場はひとであふれている。その回りを囲むように、シャーマンたちが座り、学問的なことに興味のある者たちは、その前に座って話を聞く。ナナキはあたりを威厳たっぷりに歩き回ってから、おもむろに地べたに座りこんで、その場で語りをはじめる。例のいかめしい口調でだ。話の途中で小さな子どもが背中に乗ってきても、彼はぜんぜん怒らない。しっぽに触りたそうにしている子どもがいると、さすがに話を中断して注意する。小さな笑いが起きる。そういう光景が、三日間くり広げられるわけだ。
 セフィロスは遠くから、ナナキの話を聞いていた。クラウドはひとりでどこかへ行ってしまった。昔の話なんて、退屈だよ、と云って。でもセフィロスは、他人の口からそれがどう語られるのか、とても興味があった。
「さてあれはおおよそ二百年前、わたしはまだ四十代、ほんの子どもだった……」
 ここで笑いが起きる。ナナキは眉をつり上げて、そうして先を続ける。
「わたしのしっぽは、いまの三分の一くらいしか燃えていなかった。こらこら、しっぽに鼻を近づけるんじゃない。これはほんとうに燃えているんだ……熱くないかって? まったく。わたしたちの一族は、星からこの燃えさかる炎の力を、もらっている。この炎が消えるとき、わたしという存在は、星に還る。わたしに与えられた時間は長いので……君たちにとって、二百年は大昔だろうが、わたしにとってはそうでもない。当時、この星は、とてもとても病んでいた。人間たちのあいだには拝金主義と利己主義がはびこり、星の貴重なエネルギーを、生活のためのエネルギーとして大量に消費していた……たしかに、当時の科学技術はすばらしいものがあった。だがそれはおもに、さらなる金を生み出すためと、力でひとを支配するために使われていて……とにかく、生活は豊かではあったが、星にとって、そしてひとにとっても、いい時代ではなかった。
「二百年前、この星には、恐るべき人間兵器がいた。ある企業が……この企業が星の命を人間が利用できるエネルギーへと変換する技術を開発したんだが……発見した方法によって、人工的に、超人的な能力を身につけたひとたちだ。これもまた、星の力の濫用だが、彼らはとにかく強かった。戦争で活躍し、その企業と敵対するひとたちを、とことん打ち負かした。この星を滅ぼそうとしたメテオは、その超人的な兵士のうちのひとりがもたらしたものだ。彼はその企業の科学実験……生体実験といったほうがいいな……の結果、この世に生まれた。それであるとき、その秘密を偶然知ってしまった。彼はこの星のすべてを憎み……いや、そのときの彼を支配していたのが憎しみだったのかどうか、ほんとうはなにを思っていたのか、私にはわからない。とにかく、彼がこの星の人間を、すべて消し去るという心づもりだったのは間違いない。それで、メテオを呼び寄せた。ひとりの青年と、その仲間になったひとたちが、それを止めようとやっきになった。英雄? いやいや、みんなごく普通の人間だった……わたしも含めて……おや、どうして笑うんだ? とにかく、いわゆるヒーローのような、鋼の精神と肉体を持ったような者は、ひとりもいなかった。このことは、よく覚えていてほしい。
「わたしたちは彼を倒しはしたのだが、メテオは止まらなかった。それは実際、星に衝突したんだ。だが星がその力をはねのけた……これも覚えておいてほしいんだが、結局、星のことをどうにかできるのは、星でしかない。われわれは、その意志を手助けすることしかできない。でも、手助けならできるわけだ。星を手助けするということは、この星に流れる力を知り、その法則を知り、それとともに人生を歩むことだ。このばか騒ぎで、わたしは諸君に、それを知ってもらえればと思う。もうひとつだけ覚えていてほしいのは、この星は、あのメテオの災厄を経て、前よりずっとよくなった、ということだ。ひとびとの意識が変わったからだ。なにがいけなくて、なにがいいことなのか気がつくこと、これが大事なことだ。わたしたちがそれを忘れたときには、またなにか大きな災厄がやってきて、わたしたち自身が手痛い経験をすることになるだろう。それもまた、星の意志のひとつだ。自らの身を削ってでも、星はわたしたちに、大切なことを教えようとする……当時のことを詳しく聞きたい? それでは質問の形式をとろう。なにが知りたい? 失敗談? あえてそれを訊くわけだな? もちろん、吐いて捨てるほどあるとも! 誰も完璧な存在ではないからだ……完全なものは……」
「あいつ、無駄に説明がうまいな。きっと毎年レコードみたいに回してるんだ」
 セフィロスは正直なところ驚いて、声のする方を振り返った。ぜんぜん気がつかなかった。クラウドが後ろにいたなんてことは。彼はこのあたりで採れる果実をシロップ漬けにして串に刺したものをもぐもぐやっていて、セフィロスと目が合うと、肩をすくめた。
「でもだいたいその通りだよな。ああやってみんな昔のこと知るんだろうなあ。年寄りって大事なのかもね。年寄りの長話も、たまには役に立つってことだ……あんた、なにぼんやりした顔してるんだよ。おれが美人だから? わかった、わかったよ、わかりきったこと云うのやめるよ。あんたは祭りの最中ずっとそうやって、ぼけえっとひとりで感動してればいいよ。おれには昔話なんて、つまんないだけだけどね……そうだ、向こうで、すごくかわいい女の子が歌ってるんだ。天使みたいって、ああいう子につける形容詞だと思う。しかもものすごいきれいな歌声なんだ。おれ釘づけだよ。ってわけで、そっちにいるから」
 クラウドは串刺しのフルーツを食べ終えて、串を口にくわえたまま、きびすを返した。
「……クラウド」
 彼がのんびりと振り返った。そのなんの含みもないしぐさに、ふいにセフィロスの中の、なにかがあふれた。
「砂糖っ気の多いものは食べすぎるなよ」
 彼はあえて、そんなことを云った。クラウドは顔をしかめて、舌を出してよこした。

 祭りは二日目の昼に入っていた。音楽と踊りは止まることがなく、ひとの数も減ることがない。セフィロスは広場からすこしはずれた岩影に座って、どこまでも続くかに見える赤土の大地を見ていた。彼はすこし、否かなり、感傷的になっていて、ひとりでそれにじっくり浸っているところだ。ここへ来たことの意味。自分がいま、受け取るべきもの。
 彼は自分のかつての行動を、心から悔やんだことはない。もちろん、クラウドの(本人曰くピチピチでギンギンだったはずの)十代後半を見ていられなかったことはたいへん悔しいことではあるけれども、それはそこまで大した問題ではない。もしかすると、過去を悔やんでいるような態度に出るとクラウドが怒るので、意図的にそうしてこなかったのかもしれない。自分が、なにを消し去り、なにをもたらしたか。それを公正な態度で見ることは、容易ではない。クラウドはもちろん、こちらのしたことに肯定的だ。あんたはいい仕事した。彼は何度もそう云った。そうしてそれはたぶん、当然のことなのだ。彼が、そういうふうに云うことは。彼の、こちらへの感情を考えれば。
 もしメテオの一件がなかったら、この星がどうなってたか、あんたそっちをまじめに考えたほうがいいよ。クラウドはそうも云った。セフィロスはそれもその通りだと思う。もしもあのまま神羅が魔晄エネルギーをばかのように使用しつづけていたら、どうなっていたか。強力な軍隊でもって圧政をつづけていたらどうなっていたか。それを考えるとき、あれはあれでよかったのだと思える。一度滅びかけることが。手痛い一撃ではあったけれども。
 それでも、思考はどこか、かすかな罪の意識から、抜け出せずにいたのだと思う。奪ったものは、数知れない。それがたとえ想定された犠牲であったのだとしても、そのことと、実際に生じる罪悪感とは別の問題だ。そしてそれ以前にも、ほとんど殺人兵器状態で生きてきた自分のこと。犯してきた罪は数えきれないほどある。たしかに、生涯一度も罪を犯さなかった人間などいはしない。だがそれにも大小というものがある。彼は、もっと大きな許しの瞬間を、待ちわびていたかもしれない。自分の存在そのものが、もっと大きなものに……この星に、受け入れられること。その瞬間を、待っていたかもしれない。そしてそれはふいに、やってきた。思いがけない……けれども、感動的な形で。
 鳴りつづける音楽に、耳を傾ける。星は、たしかにその中に生きる人間ひとりひとり、あらゆる生命について、隅から隅まで把握している。すべては、その中で転がされている。ある大きな意志の中で。そのひとつの駒。星の、あるいは神の、計画のためのひと駒。彼は微笑む。いいかげんに、真の意味で、解放されなくてはならない。すべての、過去のことから。いまこの瞬間を、美しく生きるために。その許可は、もう公に与えられたのだ。
「……セフィロス、クラウドがどこにいるか知らないかな?」
 顔を上げると、ナナキがひとりの美しい少女を連れて立っていた。少女は十五、六というところだろう。長い黒髪を両耳の横でしばり、緑のヘアバンドをしている。首飾りや耳飾りをたくさんぶら下げていて、鷲を模した柄の、ゆったりとした服を着ていた。
「おれも今朝から会っていない。どこへ行ったものやら、やたらな岩に登って、降りられないことになっていないといいが」
 ナナキはあたりの岩を見渡した。
「まあ、このあたりには登りたくなるような形の岩がたくさんだし……クラウドに、この子を紹介しようと思ったんだけど……昨日、歌を歌っていた子なんだ。名前はミムカ。今日も歌うから、よかったらあとで見に来るといいよ」
 セフィロスは、彼が一昨日この少女のことを「釘づけ」だとほめたたえていたのを思い出した。たしかに美しい少女だった。子どものころから気品にあふれた顔立ちをしている子がいるが、彼女もまぎれもなくそのひとりだった。目は穏やかで落ちついており、独特の、なにかこちらも背筋を伸ばさずにいられない雰囲気をまとっている。彼女はセフィロスに小さく微笑んだ。あたりの空気も一緒にゆるむような笑みだった。彼もだから、微笑を返した。
「クラウドのことは放っておけばいい。どこにいるかもわからないばかのために、わざわざ彼女を連れ回すことはない」
「それもそうか。まあ昔から、気がつくとどこか行ってるひとだったけど、クラウドは。そういうわけで戻ろうか、ミムカ。歌の前に引っぱり出して悪かったね」
 少女は一瞬、ナナキのあとを追いかけそうになったが、立ち止まり、振り返って、もう一度セフィロスに微笑みかけた。そうして、この土地の古いことばでなにかつぶやいた……セフィロスには意味がわかった。相手に祝福があるようにと願う、ちいさな祈りのことばだ。だから彼もまた、かびが生えるほど古いことばで、礼を云った。少女はちょっと驚いた顔をした。そうしてセフィロスと、もう歩きはじめているナナキを交互に見つめ、ふいになにかに納得した顔をして、急いで燃えるしっぽを追いかけはじめた。

 盛大に燃やされた炎と、感謝の祈りとともに祭りは終わった。観光客たちは、続々と帰っていった。今年は結婚カップルが五組出て、それぞれに祝福を受け、立ち去っていった。その場にすっかり魅了されてしまい、離れたがらない者たちが、まだちらほらとテント村に残っていて、後片づけの手伝いをしている。一カ所にまとめられた大量の松明の黒い燃えかすが、すべては終わったのだということを示していた。
 クラウドはなんやかやと文句を云いながらも片づけの手伝いをしている。彼はこの三日間で、岩山を六つ征服した。ひとまわり大きく、おとなのクラウドになりました、とわけのわからないことを云って、それぞれの岩山のてっぺんに征服記念に石で書いたというサインの写真……日付と、クラウドが登りました、と書いてあるやつだ……を、セフィロスに見せた。
「昔から何度も云っているが、おまえは字が下手だ」
 セフィロスは眉をしかめてそう云ったのだ。
「下手だというか、読みにくい。殴り書きせずに、丁寧に書けば書けるものを」
「いいじゃないか。サインって、くずれてたほうがかっこいいんだろ? 岩のてっぺんに書き置きなんて、いい思いつきだと思ったんだ。でも先客がいた。詩みたいなのが書いてあったり、名前が書いてあったりさ。ぜったい、おれが最初だと思ってたのに」
 クラウドは悔しそうな顔をして、セフィロスのアドバイスなどぜんぜん、相手にしなかった。
 その日の夜は、広場で打ち上げと称してまたばか騒ぎだった。祭りの、ほんとうに最後の最後だ。男たちは普段あまり飲む習慣のないアルコールを飲み、疲れ知らずの女たちが陽気に踊る。夜中になる前に、クラウドが釘づけになったミムカが、これでおしまい、という実に陽気な歌を歌う。それでほんとうにお開きになった。

 宿を出るときには、クラウドの荷物は行きの倍になっていた。女の子たちがくれた、というお守りやアクセサリーのたぐいをどっさり持っていたからだ。ふたりは最後の最後で云いあいになった。
「あんたは一個もないわけ? 寂しすぎるよ」
 クラウドが見るからにばかにした顔になって云った。
「おまえのように、いちいち受け取りはしないだけだ。どうせ使い道に困って捨てるか売るかするというのに」
「まあ、それもそうだけど。でもかわいそうじゃないか。せっかくくれるっていうのに。いらないなんて云える?」
「おれは云える。妙なところでひとのよさを発揮するな。いや、単に貧乏性なのかもしれないが……処分するおれの身にもなれ。断るとき以上に身を引き裂かれる思いがする」
「貧乏性ってなんだよ。親切だって云えよ。むかつくな、あんた。前から思ってたけど」
「じゃあその諸々のプレゼントはおまえが処分しろ。おれは知らない。なにも見えない」
「はいはいはいはいわかりましたー、くそ、やかましいおっさんめ」
「おっさんなどという歳はお互いとうに……」
「ああーもう! わかったよ! うるさいな! あんたなんか広場の火で丸焦げになれ。そしたらおれそのへんにばらまいて、コヨーテとハゲワシの餌にしてやるんだ」
 セフィロスはそうなった自分を想像して、顔をしかめた。

「また遊びに来てよ」
 ナナキが、相変わらずその立派な体躯に似合わない話しかたで云った。
「そのうちね」
 クラウドは答えた。ふたりと一匹は、集落をあとにして、赤土の上を歩いていた。空気は乾いていて、このあたりはだいたいいつもそうだが、天気はすこぶるよかった。
「クラウドのそのうちは、ちっともあてにならないんだから困るよ。お互い長生きだからって、いつ死ぬとも限らないんだから」
 真っ赤な口が吠えるように文句を云った。
「……そっか。そうだよなあ」
 クラウドはふいに立ち止まって、セフィロスを振り返った。
「おれたちも、いつ死ぬかわからないんだ」
 彼はひとことひとこと、それを云った。それから、にやりと笑った。
「なあ、ナナキ、死ねるってことは、いいことだよな」
 問われた彼はうなずいた。
「オイラたちは、みんなひとつだ。ひとかたまりになって、旅をしてる。この星、それから、もしかしたらもっと別の星」
「また来るよ」
 クラウドがふいに云った。あまりにも前のせりふと関係がなかったので、彼のことを知らないひとが聞いたら、ひとの話を聞かない子だと思っただろう。
「また祭りの時期にでも。あの歌のうまい子が、二十歳くらいになったら」
「嫁にもらおうなんてばかなこと考えないでくれよ」
 ナナキがおそるおそる進言した。
「大丈夫だよ、おれロリコン趣味ないし、それに一応、二股はかけない主義なんだ」
 そうして、彼はセフィロスに少々冷たい視線をよこした。そうして控えめに、こんなやつだけど、とつぶやいた。
「じゃあ、また」
 クラウドはそう云って、ナナキの身体を撫でた。
「うん、ほんとうにまた来てくれよ。招待状なんかなくても。あれは、特別なことだから」
「わかったよ。おまえこそ、次来るときまでに、いるかいないかわからない奥さん、もらえるといいな」
 ナナキは首を振った。
「思い出させないでくれよ。そのこと考えると、頭がもやもやするんだから」
 クラウドは笑って、陽気に手を振り、歩きだした。
「世話になったな」
 セフィロスが云うと、ナナキはまた首を振った。
「たいしたことじゃないよ。オイラが呼んだわけでもないしね……セフィロス」
 ナナキがふいにまじめな口調になった。先端が燃えているしっぽが、ゆらゆらと揺れた。
「メッセージの中身……オイラも聞いた。クラウドが、君のことになるとどうしてむきになるのか、オイラわかった気がする」
 セフィロスは眉をつり上げた。
「忘れないで。オイラたちはみんな、生まれながらに祝福を受けた存在なんだ。そうじゃなきゃ、ここにはいない。昔、尊敬するじっちゃんも云っていた……どんな悪いやつでも、どんないいやつでもだ。オイラたちはみんな兄弟だ。谷のみんなは、だからみんなに優しくする。自分は違うかもなんて、思わないでくれよ。またおいでよ。ときどきは、クラウドが家出するみたいに、君が家出するのだって、ありだと思うし」
 セフィロスは微笑した。クラウドがナナキと「復縁」したのは、そういえば家出がきっかけだった……そうして、彼はなにも云わずにきびすを返した。ナナキが、長く長く、遠くまで響く声で、吠えはじめた。
 クラウドはすこし先で、岩のひとつを見上げていた。
「また登りたくなったのか?」
 セフィロスはからかうような口調で云った。
「ううん、ここはもう登った……この岩の上にさ、おれの前に誰かがメッセージを書いてて……なにかで彫ってあったんだけど……単語がひとつだけ。forgivenessって書いてあった。なんか、ぞわっとしちゃうと思わない?」
 それは、ぞわっとどころの話ではなかった。セフィロスは微笑んで、クラウドと同じようにつき出た岩のてっぺんを見上げ、そうして、ナナキの遠吠えを遠くに聞いていた。