不安はない

 不安はない。ほんとうは、ちょっとだけぞくぞくしている。なぜって、いよいよご本人とご対面だから。ほんとうのところ、どうでもいいのだ。星だとか、星に住むすべての人間だとか。自分のことだって、最終的にはどうでもいい。いつもそうだ。最後の最後に、ほんとうのほんとうに大事なのは、ただひとりの男のことだけだ。なにを考えているのかさっぱりわからないけれど……否。なんとなくわかる。破壊への衝動。世界をはじめから、やり直すことの願望。なんとなくどころじゃない。とてもわかる。セフィロスにとって、この世界は居心地のいいものじゃない。みんな彼を知っている。みんな、彼のことを特別視する。放っておけばどこまでも美しいものを見せてくれる世界を、破壊するようなことばかりする。そんな世界は、クラウドだって嫌いだ。昔からそう思っていた。そうなのだ。昔から、こんな世の中なんてなくなればいいと思っていたものだ。だから、たぶん、これはセフィロスの願望であって、自分の願望であるかもしれない。クラウドは、意識のとても深い部分の、どこから自分で、どこからセフィロスなのか、よくわからなくなることがある。たぶん、それは当然のことなのだ。ふたりは、どこか根元的なところで、おそろしくとなりあわせだから。
 不安は、ちっともないのだ。彼が死んだら、遠くないうちに自分も死ぬと思う。神が、あるいは世界がこちらを殺さないのなら、自分から死ぬだけだ。なぜって、この身体の情熱が尽きるときが、自分の生命の尽きるときだから。情熱……この場合、愛よりももっと激烈だ。愛情……でもそれは、ほんとうに単一で存在するだろうか? たとえば、崇拝、悲哀、そして憎悪。そんなものが混じらない、愛だけの愛などというものは、ほんとうにあるのか。クラウドのそれは、全部ごたまぜだ。当然だ。全部の感情が、あの男に向いているから。それ以外にこちらのなにかを動かすものは存在しない。指先のひとつ、感情のひとかけらだって。だから、つまりクラウドは彼を、死ぬほど愛している。ほんとうだ。彼のためなら、ほんとうに死ねるからだ。そしてあのひとの生命を奪うものがあるとしたら、それは自分だ。自分でなくてはならない。ふたりして殺しあい。それはとても官能的だ。噴きあがる血。意識が朦朧としながら、きっとセフィロスの身体を探るだろう。探って、となりに這い寄るだろう。そして、できうるならば、口づけてから死にたい。ふたりしてお互いの血にまみれたい。そのまま暗転。やがて体温が失われ、肉体は徐々に分解されはじめる。生命が途絶える瞬間には、きっと恍惚を感じるに違いない。なぜなら、解放が待っている。この世界からの、使命からの、あらゆる呪縛からの。あの世で……存在するならば……ふたりは再会するに違いない。クラウドは笑うつもりでいる。うん、いい仕事したよ、セフィロス。でもおれもいい仕事した。あんた以外に浮気しなかったしね。目もくれなかったよ。おれってけなげだな。それよりおれの傷見てよ!
 ふたりしてお互いの致命傷を見て笑う。たぶん、ふたりがいるのは地獄に違いない。どこかの作家が書いたみたいに、逆さに炎の中につっこまれたり、首をもがれたりするような地獄だ。でも、ぜんぜん平気だ。それにセフィロスのことだから、地獄の門番だとか悪魔とかより、強いんじゃないだろうか。そうだ、ふたりで逃亡劇をすればいい。追いかけてくる悪魔の手先からずっと逃げ続ける。逃げるのに飽きたら、迎え撃つ。たぶんセフィロスの勝ち。自分はその横で、へらへら笑うだろう……。
 セフィロスに会ったら、一発殴って(これだけは、どうしたってやらなければならない!)、それから刺し殺そう。そのあとは、もしかしたら、諸事情によりいったんその場を離れるかもしれないけれども……いやだいやだ、責任だ。リーダーなんてやる人間に、必然的に課せられる責任。クラウドは昔のセフィロスの気持ちがよくわかる。ほんとうは全部放り投げてしまいたいのに、どうにもそうできない。縛られる感覚。ほんとうは、みんなどうでもいいのに。大事なのは、彼を殺して、自分も死ぬことだ。ほんとうはとうの昔に死んでいなくちゃならなかった。でもセフィロスが生きているから、まだ自分も生きている。彼が死んだら死ぬ。それ以外の生き方なんかないのだ。はじめから。愛しあって、憎みあって、殺しあうこと。どこまでも融合すること、なにもかもをともにすること。それが正しいありかたなのだ……ふたりの場合には。彼が望むものが、破滅の果ての死であれば、それを与える。与えることができる。そういうのは、ぞくぞくする……彼の望みが、自分の望みでもあること。彼に望むものを、与えられるということ。それだけが、クラウドの中で力になる。燃え上がる情熱になる。この身体が、感情が、すべてが、ひとりの男のためにあるということ。
 彼の願いを、叶える。そうして、それが叶ったら、自分も果てる。劇的な人生だ。とても楽しい人生だった。セフィロスのおかげで。すくなくとも、めいっぱい生きた。愛した。情熱的に。それで十分だ。それだけで、十分だ。だから、ちょっとだけ目を閉じて、浅い眠りのあとに、出発だ。死に向かって。愛してやまない男に向かって。あの身体。あの存在。そしてその中に確実に根を張っている自分。確かなことはそれだけだが、それでもう十分だ。それだけで、百万回拷問死するのにだって値する。いかれた人生、いかれた自分。もうちょっとでおしまいだ。あの男の身体が冷たくなったら、こちらの情熱も、もうとうてい生きられないほど冷たく冷めきってしまうだろう。無感動。電池が切れる。すなわち、終焉。幕切れ。ろくでもない、でも全力で生きた人生の終わり。