バイク便は、不定期に月に三、四回

 バイク便は、不定期に月に三、四回やってくる。おおよそ週に一度の割合。少なくはない。そしてそれが唯一の彼への訪問者だ。セフィロスはそれに不満はない。もともと、人間から逃れたいために引っこんだのだ。人間と、人間が作るすべてのものから。彼は見られるのが嫌いだ。注目されることに耐えられない。気にしなければ気にならないが、そういうことに気を遣いたくない。地位も名誉も、財産もいらない。戦争はもっといらない。彼に必要なのは、小さな家と、そして少しばかりの大地だ。動物に、金は必要ない。動物を見れば、すべて必要なものは、あらかじめ用意されていることがわかる。動物たちは、なにも生産などしない。紙幣など持たない。それでいて、きちんと食べ物にありついている。同じ世界に住んでいるのだから、人間だってそうなれるはずだ。事実、なれる。必要なのは、小さな家と、ちょっとした大地だ。人間は、食料を自ら生産できる。できるというのは意識上のことで、実際作物を実らせるのは大地の力だけれど。そこには人間が関わることのできない神秘的な力が働いている。科学者は、それを分析しようとする。ところがこの力は、敬意を持って接する人間の前にしか、真の姿を見せることはない。人間は、ちっぽけな存在だ。いかに物理的な強さを手に入れようとも、結局は無力だ。小さな種ひとつ、芽吹かせることはできないのだから。
 バイク便は、正午過ぎにやってきた。ザックスはあれでいろいろと気を回しているのだ。本社に、そしてセフィロスに。こちらにとって負担にならないぎりぎりの接触を、保ってくれている。セフィロスは断ち切りたいところで、事実ある日突然田舎への移住を決行してしまったのだが、お互いに移行期間が必要だ、と力説するザックスに折れた。セフィロスはうまく立ちまわるのが嫌いだ。だから、天性でそれを得意とするザックスに、委ねたほうが都合がよかった。この後輩を、セフィロスは割で気に入っている。まっすぐな性格。割り切りのよさ。悩むことを一定範囲にとどめて、そのせいで自分と、自分の人生に害がないように注意している。彼はなんでも受け入れる。相手に押しつけない。自分の意思がある。だからうまくやれている。
「これが、ハイデッカーからのいちゃもんね。ほんとはこの倍近くあったけど、意味不明なのは捨ててきた。あと、こっちが定期ポストプレジデントからの文句たらたら。一応持ってきたけど、捨てていいよ、あんま意味ない。このタークスからのやつは、わりかし大事。あんたの身辺調査をほのめかしてる。タークスの主任って割といいひとなんだな。先に警告してくれるなんてさ。たぶん個人的な判断で出してるよ、これ。手打っといたけどさ。んでこれは、唯一のオアシス。麗しのグロリア未亡人から。このひと、顔もきれいだけど、字もきれいだよなー。なんで未亡人のまま通すんだろな。そんなに死んだ旦那が好きだったんかねえ。おれ、あのひとさえいいって云ってくれたら、養うくらいしちゃうのに。あのひとの手はさ、家事労働とかしちゃだめだよな。ちっこくってきれいなのに。こないだ会ったけどさあ、もうほんと、年上相手に失礼だけどかわいいんだよ。ごめんなさいね、ザックスさん、お手間をおかけして。でも、お知らせしないわけにいかないでしょ、あの方の家がどうなってるかとか、口座がどうなってるかとか、わたしのお仕事だから、云々で一時間もしゃべっちゃった。まじ、あれは癒しだった……」
 ザックスはよくしゃべる。いつでもしゃべっていて、いつまでもしゃべっている。なんでもかんでも親に報告しないと気がすまない子どものようだ。純粋に、ザックスは話しているのが好きなのだ。相手が聞いているかいないかなど、あまり問題ではない。相手にとって不愉快なら、やめるくらいの分別はある。セフィロスは、ザックスのおしゃべりについては放置している。グロリア未亡人のケースと一緒で、そのひとのおしゃべりに関してはうるさいと感じないなにかがあるらしい。分析してみたことはない。たぶん、相手への好意の度合いの問題だろう。
「ハイデッカーの全部はゴミ箱だな。ああ、いや、暖炉につっこんでくれ。燃料くらいにはなる。未亡人からの愛の手紙は、あとで目を通さなくては。変わりはないか?」
 漠然と、すべてのものにたいしての問い。セフィロスは責任放棄が好きだが、無責任な性格ではない。もしも自分がいなくなることによって、何千といる兵士たちが混乱を起こして収拾がつかなくなるとか、死人が増えるとかいう事態になりそうなら、戻るくらいの気持ちはある。実際にはザックスが、それはそれはうまくやっている。われらがボスセフィロスは、ウータイとの大規模な衝突は終わったので、自分の役目もほとんど終わった、というまことに納得のいく理由で、長期休暇中。彼は休むということをしなかったので、休暇が三年ぶんくらいたまっている。それをせっせと消化しなくてはならない……もちろん、こんなものでだまされるほど兵役につく人間は単純ではないけれど、一応筋は通っている。セフィロスがもう戻ってこないのではないか、なにかあったのではないか、という危惧を抱いている人間もいるけれど、ザックスが定期的にセフィロス情報をポストしている(全面的にうそっぱちだけれども)から、実際にはなんとか混乱を起こさずにすんでいる。上層部の人間は、躍起になってセフィロスの行方を探そうとしているけれども、無駄なことだ。そんな連中は、ザックスがみんな煙に巻いてしまう。
「みんな元気だよ。ガハハもキャハハも社長も元気だよ。いやんなるくらい。軍のみんなは、変わりない。1stの連中は、相変わらずあんたを恋しがってる。自分の首も他人の首ももぐなとか、これ以上死人を増やしておれの白髪を増やすなとか、そういう軽口聞きたがってる。んで、おれ怒られるよ。ボスを戻せってね。やる気でないんだって。わかる気はする。引力? 人望? わかんねーけど、そういうの。それが欠けてるのはわかる。おれがいくらさあ、カリスマ性あふれる好青年だとしてもだね、あんたのかわりはつとまらない。ま、それはこっちでどうにか解決するよ。あんたが戻んなくていいようにさ」
 セフィロスは微笑する。そんなに自分が慕われているとは思っていなかった。これは、うれしい誤算だ。セフィロスだって、身内が嫌いではない。特に、自分の手となり足となり、動いてくれた部下たちのことは。
「最近さ、でかい動きないだろ? だから、みんなたぶん退屈してんだよ。戦争って、きっと退屈だから起きるんだよな。このままだとさあ、誰かがなんか起こすよ。あることないこと、でっちあげそう。ま、じゃないとおれら、失業するしね」
 そうだ。世界はそんなふうにできているのだ。需要があるから、戦争がある。必要があるから、軍隊がある。その堂々巡り。それを全部なくすことは、難しい。だから、逃れるしかない。自分の思うとおりに、生きるためには。
「今度また例の友だち連れてくるわ。ちょっと田舎の空気に触れさせないとね。閣下ときたらさあ……」
「閣下?」
「そ、閣下。クラウド閣下」
 セフィロスは自分の部屋を貸し与えている、例の金髪少年のことを思い起こした。
「なぜ閣下なんだ」
「態度でけえんだよ、あいつ。年下のくせに。なんか、大統領っぽくて」
「そうなのか?」
「うん。すっげえ態度でかいよ。めしおごれとか、あれ貸せの、これ持ってこいの。いいんだけどね、別に。おふざけだから。仲いい証拠ってやつ。態度が尊大だからさ、最近、閣下って呼ぶことにした。おう、閣下(と云いながらザックスは顔の横に手を持っていき、敬礼した)、つってさ。こないだ詰め所でそれやっちゃってさ、にらまれた。おれも悪いんだけどね、立場わきまえんの忘れてた。できれば一生忘れてたい。めんどくせえじゃん?」
 セフィロスは例の小柄な金髪君と、閣下というあだ名との共通項を探し出そうとしてみた。おかしな子どもだ。癇癪持ちらしくて、尊大らしくて、そしてうんと優しく繊細そうな。そのどれが本性なのか……たぶん、そのすべてなのだろう。
「また連れてくるよ。いいだろ?」
 セフィロスはかまわないと云った。
「あいつ、たぶんあんたのこと気に入る。あんたもたぶんそうなるよ。話し相手になってやってよ。おれじゃわかんねえんだよ、おれ繊細じゃないから。なんかそのうちにさあ、あいつ爆発するんじゃないかって、心配なんだよなあ。なんでだろうな。ぜんぜんそんな感じ見せないのに」
 それを嗅ぎとっているのは、きっとザックスの本能的な部分でだろう。なにかの、おさえられない予兆。そして昔の友だちの、いやな記憶。ザックスは間違いなく、金髪君の本質をつかんでいる。変にそつがなくて、でも気を張っていて、ひどくあやうい。あの金髪君は、本質的に集団の中にいられない。そんなところでは、はみ出してしまう。きっとどこからでも、どこにいてもはみ出してしまう。おとなではないが、子どもでもない。変に子どもらしさのない態度。けれども真摯な目。
 ザックスが帰ってから、セフィロスは手紙を開いた。未亡人の手になる、美しい文字のつらなり。手紙は、事務的な数行のほかは、金髪君の話題でいっぱいだった。金髪君は信じられないほど食事量が多いこと。部屋にいろんなものを持ちこんでしまったこと。きれいな水槽ができたこと。器用で、なんでも作れること。分解ぐせがあって、テレビを分解してしまったこと。自転車をほしがっていること。
 手紙には、口座からの引き落としの明細書が添付されていた。セフィロスは微笑んでいた。好きにしろと云ったら、ほんとうに好きにしてくれているらしい。ああ。なんということだろう。意外に大胆な子どもだ。ことに、部屋に大がかりなアクアリウムをしつらえてしまったところなど、笑うしかない。目を丸くしている未亡人が見えるようだ。
 一度、のぞきに行ってみようか。元自分の部屋が、どんなふうになっているか。金髪君が、どんなふうにそこで暮らしているか。もしかしたら、セフィロスだって夢中になってしまうかもしれない。アクアリウムに。テレビの分解に。そういうことを、まだしたことがないから。
 セフィロスは未亡人に、返事を書いた。今度、様子を見に出かける。そうしてそれをポストに投函するために、何十キロも散歩した。ザックスを待たせて持たせてやれば簡単だったのだが、セフィロスには何十キロの距離が、ちっとも苦痛ではなかった。金髪君は、おもしろい。あのまっ黄色の髪に覆われた頭の中を、すこし分析してみたい。そしてあの美しい顔。あの顔には、あれだけの顔にはなにか意味があるはずだ。隠された意味があるはずだ。それを、探してみようか。
 ポストに手紙をつっこんで、セフィロスは苦笑した。静寂と、動きのない日々を求めて田舎に引っこんだのに。結局また、なにごとか起きそうだ。金髪君がらみで。もとはといえば、自分のせいだけれど。部屋を貸してしまったからこういうことになったのだ。なぜ貸してしまったのか? 理由は、ほんとうのところよくわからない。そうしてしまったとしか。それはたぶん、神にしかわからない。神の、思し召しのままに。そのままに、行動すること。流されること。人生に。それは間違いがなくて、そして悪くない。金髪君はそれを、知っているだろうか。
 帰る途中に雨に降られたが、セフィロスは気にしなかった。なにものも、気にならなかった。なにか情熱的な予感が、彼をつき動かしていたから。