彼がどこにいるか知っているけれど

 彼がどこにいるか知っているけれど、云えない。つまり、ふたりの関係を云うわけにはいかないのだ。なぜなら、ザックスは友だちだから。軽蔑を恐れているわけではない。男どうしだということ? そんな正しさを主張してくるやつはみんな銃で撃たれて死ねばいいのだ。それか、かなわない恋に焦がれて、自害すればいい。神話や伝説の中のやつらのように。
「だからさあ、うちのボスちっともつかんまんねえの、最近。あの小屋にいねえのかな。でも行き先に心当たりもねえしなあ。行方不明なのばれたら、おまえの責任だとかいうことになりそうだし」
 例によって、ファストフード店でクラウドはポテトを食っていた。ザックスがおごってくれる店といえば、ファストフードとファミレスくらいのものだ。彼の財布は、彼女「たち」とのデートと、バイクと、クラブと飲みといろいろでいつも予約いっぱいなのだ。人生を楽しまないやつはばかだとザックスは云う。いまのこの瞬間に、全力を注がないやつは、ばかだと。「だって人生なんてあっちゅう間だもんな。明日になりゃ死んでるかもしんねえし」ゆえに、先のことを考えてなにかを惜しむのはばからしいし、ボスのことばを借りれば、摂理に反している。
 その、彼のひそかに敬愛するボスのこと。クラウドは居場所を知っている。目と鼻の先、ミッドガルの自宅にいる。
「もっと田舎に引越したんじゃないの?」
 ポテトと格闘しながら云うと、ザックスはそーかも、ありえるわ、と云って自分もハンバーガーにかじりついた。
「ミス・メリーウェザーがさ、さみしそーなんだよ。もともとボスの持ちもんでも、誰のもんでもないけど。しかもあのへんエサには不自由ないからさ、死ぬわきゃないんだけど、でもほら、さみしいのとそういうのは別だろ? 謎だよな。本格的に蒸発したんじゃねえかって思うよ。ま、そんならそんでいいけど」
 クラウドは手を止めた。
「それでいいって?」
「ん? だってそうじゃん? 行方不明になりゃ、あのひともう自由の身だし。そっちのほうが、幸せなんじゃねえの?」
 幸せ。そのことばにクラウドはとらわれた。あのひとが幸せかそうじゃないかなんて、そういえばまだ考えていなかった。あのひとは、いいのだろうか。騒々しい都会、土のかおりのする地面も、咲き乱れる花も、そして牛もいない都会に、戻ってきても。それはたぶん、自分といるためだ、ということをクラウドは知っていた。そんなこともわからないほどばかではないし、自分を低く見てもいないつもりだ。そうしてふいに赤面しそうになった。つまり、自分があのボロ屋に、勝ってしまったということに気がついたから。セフィロスは、あのボロ屋よりも、そこで暮らす日々よりも、自分を選んだのだ……いまのところ。
 彼はその影響の大きさについて、すこし考えてしまった。いったい自分のなにが、セフィロスにそうさせたのかはまったくわからない。そしてたぶんそんなことは、知らないほうがいい。それは恋の大きな秘密だからだ。その核心をつかんだ瞬間に、恋はもう手の中から逃げていってしまう。恋は秘密と、多義性を必要とする。相手のほんとうの秘密を知るのは、先延ばしにしなくてはならない。そこから先は、愛の領域だからだ。そしていまのところクラウドは、そこまで踏みこむことを考えたことがないし、そもそも愛と恋についての多くを知らないし、ただ、いまの状態で満足しているのだ。満足している。心から。そしてそれはセフィロスもそうなのだと信じている。この都会にいても。
 けれどもふたりが一緒にいることと、セフィロスの田舎趣味の問題については、考えてみなくてはならないこととして、頭に刻んでおいた。恋のために、セフィロスの土いじりにたいする純粋な農夫の情熱を殺すことはできないからだ。セフィロスの幸せ。それはいったいどんなふうなかたちをとるのだろう。ザックスの云うように、自分の足跡も残さずに、どこかへ消えてしまうことだろうか。セフィロスは自分の肩書きを嫌っている、会社も戦争も嫌っている。セフィロスの居場所を知っているのは、公式にはザックスだけだ。そのザックスが知らないとなると、セフィロスはもう世間からいなくなったにひとしい。クラウドはそれをしっかりと、しつこいくらいに見つめてみる……たぶん、とてもいいことだ。あのひとは逃れたがっている。自分に必然的に背負わされた責任、世の中にあふれかえっている自分の虚構のイメージ。それには、世界を破壊してやり直すか、自分からいなくなるしかない。前者は少々無理があるから、とれる手段は後者だ。なんだかすごくいいぞ、とクラウドは思った。しばらくは、誰にも知らせずにあの部屋にいればいいのだ。一歩も外へ出ないことにはなるけれど、でもいいのだ。そのぶん、こっちが楽しませてやれば。しばらくのあいだ、行方不明として消えていればいいのだ。それか、可能なら、相当長いあいだ。
 そういうことを話せる時期がきたら……それはたぶんちょっと先のことになるけれど……云ってみるのもいいかもしれないな、と思う。ザックスが、心配してたよ、と。でもきっとセフィロスは相手にしないか、すくなくともボロ屋に戻りはしないだろう。なぜって、ふたりはまだ、俗に云うできたてて熱々というやつ……世界を完全に閉めだして、ふたりだけで幸福でいられるひとときの、その真っただ中にいたから。
 ザックスには悪いけれど、全然、云えそうにない。女たちのように、恋人を見せびらかして自慢する趣味も……あれはほんとうにぞっとする、たいていの男は見せびらかされることに慣れていない、性的な役割でいけば常に見る側だから……、それに、恋愛の話で盛り上がる趣味もない。クラウドはただ、セフィロスがミッドガルのひと部屋、あのうんざりするほど高級なマンションのひと部屋に、自分といることで満足だ。それ以外にはなにも求めない。なにも。それに誰だって知っているだろう、恋には実にたくさんの隠しごとが必要なのだ。