この部屋は朝はまったく戦場のように

 この部屋は朝はまったく戦場のようになる。クラウドは寝起きが悪い。というよりも、寝汚い。成長期ならば当然のことだが、寝ても寝ても眠いという。起床目標時間の三十分前から起こしつづけないと絶対に寝坊することがわかったので、セフィロスは彼よりもだいぶ早起きして、一定間隔でゆすり起こしつづける。そのあいだに、朝食の準備もしてやらなければならない。食べるものは全部温めればいいような状態で冷蔵庫に入っているから、実際には彼は並べるだけに等しいが、ひと仕事なのにはちがいない。クラウドはよく食うからだ。寝ぼけ眼のまま顔を洗いに行き、戻ってくると、相変わらず半分閉じた目で黙々と食事にかかる。機械的に手が動いて、皿の上のイモ(これが食卓に欠けると、彼は激怒する。なぜなら、それが主食だからだ)や卵やくだものをつかみ、コップの中の山羊の乳(わざわざカームのある農家から取り寄せる)をがぶ飲みする。ここまではなんとか平和だ。問題はそのあとだ。クラウドは、ものを散らかす。筆記用具、ノート、神羅の社員章は細かいのでよくどこかへやってしまう。靴下はたいがい片方しか見つからない。そのくせに、妙に特定のものにこだわる。筆記用具は空色の鉛筆でなければものは書かないという。ノートにはもれなく裏表紙に気味の悪い豚のシールを貼っているのだが、それがなければいやだというくせに、肝心のシールのシートはしょっちゅうどこかに消える。セフィロスは、後悔している。クラウドにまとまった空間……ひと部屋を与えたことを。そこはクラウドの根城だが、彼にはたぶん、広すぎた……もっと手狭な部屋なら、こうまでものをとっ散らかして、なくすことはなかっただろう。
 散らかして見あたらなくしているのは自分なのに、クラウドは探しているうちに不機嫌になってきて、そうしてセフィロスにあたる。蹴りが飛んでくるのはまだいいほうだ。一番よくないのは、すっかり探すのをあきらめて、ソファに座りこんでしまい、また寝そうになることである。こうなると、今度はそれをゆすり起こすのにまたぞろひと苦労しなくてはならない。
 ものを探し出してようやく鞄につめこみ、さてドアをくぐる段になると、今度は鼻が出るなどと云い出す。特に季節の変わり目に、彼の鼻は敏感になって、くしゃみをしやすくなる。セフィロスは引き返していって、ティッシュを持ってくると、鼻にあてがってやる。クラウドは当然のようにセフィロスの手の中で鼻をかむ。むずむずするらしい鼻をこすり、ひとつくしゃみをしてようやく行ってくる、と云っていなくなるのだが、まだ油断はできない。忘れものに気がつくことがあるからだ。もちろん、気がついただけで大変えらいことなのだ。セフィロスはよく忘れなかったなと、ほめてやらなくてはならない。クラウドは得意げになって、今度こそ出ていく。
 ……静寂が訪れる。床にはまだ脱ぎ散らかした服が散らばっている。クラウドが腹を立てて放り投げたプリント類も散らばっている。セフィロスはそれを全部拾い上げて、適当な場所に放りこむ。そうしてようやく、自分自身のための食事に取りかかる。これはずっと簡単だ。彼はもう成長しないので、クラウドのようには食べない。彼は整理整頓ができるので、クラウドのようには散らかさない。……もっとも。もっとも、クラウドの散らかしよう、生来のもののように見えるだらしなさの、何割かはわざとだ。彼はセフィロスに手間をかけさせて楽しんでいる。そうやって、素直でないコミュニケーションを、はかっている。
 昨夜、セフィロスは彼に訊ねた。おまえはおれをいったいなんだと思っているんだ、と。クラウドはどうでもいいという顔つきをして、「ただのセフィロス」と云った。それがそのただのセフィロスにどれほどの効果をもたらしたか、云った本人も正確にはわかっていなかったに違いない。セフィロスはとても機嫌がよくなってしまったから。
 正確を期するためにつけ加えるなら、その質問をされたときクラウドは歯ブラシをくわえていて、口の中にあぶくをためていたために、実際にセフィロスの耳に届いたのは「ははほへひほふ」という、いたって不明瞭な、間の抜けたことばだった。
 部屋は静寂に包まれている。セフィロスはこれから夜まで、このまったき静寂の中で、ひとりきりで過ごすのだ。それは、ふたりぐらしをはじめたいまとなってはとても貴重な時間になってしまった。セフィロスはその時間を惜しむように本を読み、思索に耽り、ベランダのプランターに水をやる(クラウドは畑仕事といってからかう)。けれども夕方になると、彼はもう実際、そんな時間には飽きはじめているのだ。しばらくすると、クラウドがけたたましい音とともにドアを開けて帰ってくる。この部屋では彼は静かにするということを知らないから。そうして、ただいまもなにも差し置いて、なんかおやつ、とでも云うのだ。セフィロスは彼のことばに従って、冷蔵庫を開ける。クラウドは鞄をそのあたりに放って、着ていた服を脱ぎ捨て、下着一枚で服を探してうろうろする。
 ひとまずいまのところ、部屋は静かだ。ひっそりとして、心なしか空気が沈んでいるように見える。セフィロスはそうした部屋を愛おしむ。あの金髪を愛おしむのと同じくらいに。実際、どちらも同じことだ。彼がいない空間でその名残を愛するか、いる空間でそのものを愛するか、その違いでしかない。結局のところ。ふたつとも、結局は同じことだ。