主がいない部屋はすこし寂しそうに見える

 主がいない部屋はすこし寂しそうに見える。クラウドの愛する気味の悪い豚のぬいぐるみ、作りかけのフィギュア、うつくしい水槽。家具も、すべてが物憂い沈黙に沈んでいる。この部屋にあるものの多くは、クラウドのものだ。だからこの部屋は、厳密に云えばクラウドのものだ。持ち主はセフィロスだけれど、彼はこの部屋をあまり愛さなかった。手をかけなかった。踏み台や時計をとりつけるとか、そういう形では。クラウドは、盛大に手をかけている。散らかす、壊す、もとにもどす。そういうことを、たぶん部屋も喜んでいるのだ。ぶつけられたり、すりへらされたり、そういうことを、部屋の持ち主がしてくれること。その場でちゃんと生活をしてくれること。喜怒哀楽を、あらわにすること。
 だから、そんな主がいなくなってしまうと、部屋は急にしゅんとして、おとなしくなってしまう。セフィロスは、口を閉じてすねたような部屋にひとり残される。家具のどれも、調度品のどれもが、セフィロスにはよそよそしい。それらは、彼のものではないから。そして、家具にしてみれば、セフィロスは主ほどには、こちらと積極的な関係を持ってくれないから。セフィロスは仕方なく、読書に没頭する。二百年も前の思想家の本を読んで、そしてふいに音楽でもかけてみる気を起こした。音楽。オーディオは、そこそこのがそろっている。セフィロスは物憂く立ち上がって、CDを差しこんでみる。とたんに、建設的な音の洪水が来る。計算高く、周到に組み立てられた音の嵐。セフィロスは目を閉じる。空気がかすかにふるえる。ここが自分の、しかも都会のど真ん中の、部屋であるのを忘れる。
 ……静寂。CDの回転が止まる。目を開ける。どこかへ旅立ったような感覚に陥っていた自分の中心が、急速に肉体の中に戻されるような感覚がする。明日は、たしかグロリア未亡人がやってくる日だ。クラウドに、食べたいものを訊いておかなくてはならない。未亡人は、成長期のクラウドのために食事を作ってやることに、崇高な使命感じみたものを持ちはじめている。クラウドの食いっぷりがうれしいのだ。わたしの料理を、あんなにばくばく食べてくれるなんて。満たされない母性本能。クラウドは、未亡人のその領域に、ひと息で入りこんでいってしまった。このパンケーキ、母さんの味がします。たしか、そう云われたのだと、未亡人が云っていた。本人は気がついていないが、クラウドは、気を許した人間にたいしては天性のねだり屋だ。嫌みでなく、押しつけがましくもなく、自分の欲求をストレートに伝えてしまう。云われた方も、なんの気もなくそのとおりにしてしまう。クラウドは相手の心の中に、自分の居場所をちゃんと見つけてしまう。友だちのように、息子のように、そして恋人のように、ふるまえる。恋人のように……これは「ように」ではない。そのとおりに。恋人とは最大に気を許した相手のことだから、クラウドは、セフィロスの前で信じがたいほどわがままになる。ザックスにたいしても、似たようなものだろう。日ごろ彼がいかに猫かぶりをしているか、わかるというものだ……否。冷めていて、興味がないのも彼の一部。見下し気味の視線も彼の一部。彼の鎧。この部屋で、げらげら笑っているのも彼の一部。甘えた口調も彼の一部。両極端すぎるそのどちらも、彼。
 複雑な性質の王。彼はこの部屋に君臨している。自分の臣下(妙な気分だがセフィロスのこと)は、自分を決して見捨てないことを知っている。惚れた弱みという弱みを、しっかり握ってしまっているから。横に侍らせ、せっせとこき使うことで、最大級の甘えを見せる。愛しているなら、自分のために動いて、いつもそれをあかししろ。そうでないなら、信じない、すねてやる。そんな極端さ。だからセフィロスは、示し続けている。彼のために部屋にいる。週末には田舎につれていく。ふたりでベッドに転がる。蹴りが飛んできても、罵倒されても、心地よい気持ちがする。それが精一杯に気を許した相手への、クラウドの甘え、自分の解放だ。クラウドの喜怒哀楽で、セフィロスも自分の感情の存在を信じることができる。クラウドが苦しむとき、彼の中心も苦しむ。上機嫌で笑っているとき、彼も笑いたくなる。泣きそうな顔をしているときは、こちらまでもらい泣きしそうになる。
 この部屋まで、クラウドに感化されているのだ。彼の感情で、バラ色になったり、灰色になったりする。セフィロスはこの部屋の持ち主だけれども、その変化を、引き起こすことができない。だからここはクラウドの部屋であり、ここでぼんやりすごしている人間も、正式にクラウドのものなのだ。
 すべてを塗り変えてしまうクラウドの感情。苦痛、快楽、悲哀、そして微笑。