ほんとうに、友だちになるやつに問題児が多すぎる

 ほんとうに、友だちになるやつに問題児が多すぎる。自分が問題児だからか。たぶん、そうだろう。それにしたって、クラウドは神羅軍はじまって以来の問題児だ。もちろん、昔のことは知らないけれど。セフィロスも問題児だが、あれは別格だ。彼の場合は、純粋な自己権利の主張だ。けれども、クラウドの場合は自ら望んで入隊してきたはずなのだ。それなのに、なぜその場所の規律が守れないか……もちろん、なぜかは知っている。だから、クラウドは軍隊になどいるべきではなかった。
 十四歳で入隊してきた連中は、もれなく専用の寮に放りこまれる。法律でいけば、まだ就労してはならないから、彼らは士官学校の生徒扱いだ。ただし、遵守されていないことは全員知っている。その寮の舎監は、神羅軍唯一の誇りとしていいような、優しい、ものわかりのいいひとである。彼がすばらしいのは、まだ少年の心を失っていないことだ。これだけで、記念物級のことだ。歳は、おそらく五十を超えている。経歴については誰も聞かないし、知らない。とにかく、その舎監……名前はプラウヴアーといったが、彼に親しみを持っている連中は誰もその名は呼ばずに、単に舎監さんとか舎監先生とか云うのを好む。なぜなら彼は生まれたときから舎監のような人物だったからだ。天職に就いた数少ない人間のひとりだ。たいていの人間は、自分の仕事ではない仕事に就いてしまうから。
 ザックスは久々に、懐かしの寮の舎監室で、その舎監さんと向かいあっている。ソファ、肘掛け椅子、どっしりした事務机。どの家具にも、窓にも、カーテンにも、ザックスは思い入れがある。なにかやらかしたとき、あるいは心の悩みを打ち明けたいとき、彼はよくここに来た。ほんとうに舎監さんには世話になった。とくに友だちのバベルカを失ったとき。独特の間延びした声で、ことば少なになぐさめのことばをかけてくれ、そっと支えてくれたのだ。若くして両親から独立した少年に、彼の存在は、愛情は貴重だった。かさかさに乾いている軍隊の中では。ソルジャーになったとき、舎監さんは大いに喜んでくれた。悲しげな光をたたえた目で……そうして、絶対に死ぬなと云った。ザックスは、彼のためなら拷問にかけられても構わないと思っている。ほんとうはもっと頻繁に会いに来たいのだが、いまでは階級の問題でいけばザックスのほうがよほど上だし(なぜなら舎監さんはただの雇われ人にすぎないから)、ソルジャーがたびたび寮に顔を出すのも規律上まずい。そして目下話題のザックスの友人は、その規律を破りまくっているという話だ。
「最初のころは、週末の外泊届けはきちんと提出されていたんだ。私は……知ってのとおり……その手のことには割合に寛大だ。わかるね? あの歳の少年たちを縛りつけておくのは無理だし、無駄なことでもあるからだ。私は軍隊という組織じたいにさほど興味がないからね。そこでの規律を、この寮でも当てはめるのは間違っていると思う。だがいくら私でも、毎週毎週どこかへいなくなり、門限ぎりぎりに帰ってくる寮生のことは、いやでも気になる。おまけにこの寮生には友だちがいない。ひとづきあいがおそろしく悪い。入寮して早々に派手な喧嘩をやらした……まあ、それは相手が悪いんだがね……ひとの容姿を嘲笑ったわけだから。ただ、その相手が質の悪いやつだったんだな。いわゆる、唯我独尊なタイプ。威圧して、大勢の者を自分の配下につけてしまう。気に入らないやつは徹底して除けものにしようとする。君の友だちは、入寮したその日にもう居場所を失ってしまった。居心地はよくないはずだ。気にしているという素振りも見せないが。歳の割に、大人びている。重大な人生の秘密を知っていて、なぜみんなそれに気がつかないのだろうというような顔をする。こういう子には特別の注意が必要だ。彼は私に割となついてくれている。でも、毎週末の外出が、しだいに平日にも及んできていることについては、絶対に口を割ろうとしない。どんな脅しも、慰めもいまのところ無駄だ。私にだって、限度がある。彼をなんとかしてかばっていてやりたいが、できることにはかぎりがある」
 舎監さんは、よく燃えている薪ストーブの火を見つめながらゆっくり、ひとりごとのように云った。ザックスは頭を掻いた。あのばかたれ、と内心毒づきながら、小さな不安が去来するのを、防ぐことができない。なぜならザックスはその件について、まったく知らないからだ。無断外泊常習犯だったなんて、初耳だ。たぶん、舎監さんがうまく隠していてくれたのだろう。ザックスは妙な焦りを感じていた。クラウドが急にとてつもなく、遠くにいるように思えた。胸騒ぎ。なにかの予兆。どこにつながっているのか、ザックスは考える……バベルカだ。彼もザックスのところからいなくなる前に、ないしょの不自然な行動をとったものだ。そのときは、ザックスにはその理由がよくわからなかった。いまでも、よくわからない。相手をつかめないことにたいする漠然とした不安。そうしてそのまま、あのときのようにクラウドが全然別の世界に行ってしまうのではないかという、おそれ。
 ザックスの顔が曇ったのを、舎監さんは見逃さなかった。
「……君の友だちの秘密について、なにか知っているかね。本人以外の口から聞き出すのは嫌だが、ほんとうにそろそろ限界なんだ。君も知らないとなれば……どうやらそのようだが……もう、打つ手はないな」
 舎監さんはため息をついた。
「なんだって、君のクラウド・ストライフくんはこうも問題を起こすのかね。私は問題を起こす寮生がどちらかというと好きだ。彼らとは、わかりあえる気がするからだ。なにもことを起こさない子よりもね。だが君の今度の友だちは、どうも難しいな。とても複雑な性格をしている。負けん気が強くて意地っ張りで、そのくせ変なところでおそろしく柔軟で、優しい。激しい意思のようなものを感じるんだが、次の瞬間にはそれをふいに消してしまう。ほんとうは、争いなど望んでいないのだと思うこともある。核心がつかめないんだよ。あの子が、ほんとうに望むものはなにか。なんのために、ここに来たのか……そしていまなにがしたいのか」
 ザックスは考える。クラウドはいいやつだ。それは本能的に知っている。わかる。ザックスは友だちの性格なんて、いちいち知ろうとはしていない。それは感じるものだ。あらゆるやりとりの中から。彼はクラウドを、つかんでいるつもりだ。他人に説明はできなくても。きっとなにかあるのだ。なにか理由が。理由もなしに無断外泊できるほど、クラウドは器用なやつではないし、居場所をたくさん持てる人間でもない。
「舎監さん(と呼びかけるザックスの声には敬愛の気持ちがあふれそうなほどだった)、おれ、断言できるんですけど、あいつ、悪いやつじゃないです。変なことしてるなんて、絶対ないと思う」
 舎監さんはうなずいて、続きを促した。ザックスの直観的な観察眼には、昔から一目置いていたからだ。
「おれにも理由はわかんないから、いますぐに役には立てないんですけど。でも、おれなんとかします。つーか、おれも気になってしょうがないし。あのばかたれ、なにやってんだか……彼女……なわけないしなあ。訓練にはまじめに出てます?」
「それは問題なく。だから私は気にしているんだよ。訓練にはきちんと出ているということは、問題は、この寮での生活にあるということになるだろう。そうなる材料は揃ってしまっているしね。彼がここに帰ってくるのが嫌なあまり、とんでもないところで寝泊まりしているとかいう事態になっていたらと思うとね」
 ザックスはうなり声をあげた。クラウドにかんしては、それは否定できない。いたって常識的なふりをして、とんでもないことをするやつだ。ラブホで寝た、などと云い出しそうなのだ、ほんとうに。クラウドが性的なものに疎いのか過敏なのか、ザックスはよくわからない。あの顔では、妙な嗜好を持つやつに狙われないとも限らない。ザックスには理解できないが、そういう嗜好の持ち主も存在する。おまけにクラウドの顔についても、本人は嫌がるだろうが事実だ。
「ほんっと、迷惑かけてすんません。今度、おれからよく云っとくんで。舎監さんに迷惑かけるとか、まじでぶっ飛ばしとくんで、もうちょっと、もうちょっとだけ、あいつのことかばってやってください。ほんとにすぐ、つきとめてやるんで」
 舎監さんは穏やかに笑った。
「いま君がぶっ飛ばしたら、彼は粉々になってしまうよ。殺人事件はごめんだからな。多忙な君に頼むのは申し訳ないんだが、ひとつ頼むよ。それまでに私は、なんとか彼をかばいつづけてみよう」
 ザックスは頭を下げた。自分が頭を下げてもいいと思えるのは、この舎監さんと、例のボスと、数人の先輩だけだ。そしてたぶん、公私にわたって面倒を見られるのは、目下話題の問題児だけだ。面倒を見られるというより、そういう体制にならざるを得ないということが問題なのだ……あのばかたれの癇癪持ちの問題児。天下のクラウド・ストライフさまさま。
「しかし、私はうれしいよ」
 舎監さんがふいに微笑んで、云った。その目の中にはなんとも云えないやさしさがあった。
「君が彼の友だちになってくれたことと、それから君が、また友だちを見つけたことがだ。ほんとうの、君のための友だちを。私の云っている意味がわかるかね? 君が友だちを作るのは、想像以上に大変なことだろうからね」
 ザックスはふいに、舎監さんに抱きつきたくなった。彼自身が十五歳のある夜、彼はほんとうに舎監さんに抱きついたことがある。抱きついて、泣き崩れたことがある。舎監さんの温かい腕や、まなざしや、そういうものを、彼は忘れていない。死んだって忘れないだろう。舎監さんは、そのときと変わらない。ソルジャーになったいまも相変わらず、ザックスは舎監さんにとって寮生のひとりなのだ。舎監さんは、ザックスのそんな気持ちを察していた。わかっているというような視線を向けて、それ以上の行動を制した。むろんザックスだってするつもりはなかったが、彼はなぜだか無性に照れて、頭を掻いた。
「ああ、そうだ最後に、もし彼に、ここよりも居心地のいい、いい場所が見つかったというのなら、これを渡して、書いてもらってくれ。私にとっても軍にとっても、問題は、居場所がわからないことであって、寮にドアノブみたいに釘づけにしておくことじゃないからね。これまでも、例外がいなかったわけじゃない」
 舎監さんは机の引き出しから紙を引き出した。ザックスは渡された書類をまじまじと見つめた。
「住所変更届け……って、こんなのあるんすか?」
 寮規則に、こんな書類のことが書かれてあった記憶はない。ソルジャーになってしまえばある程度の自由がきくが、一般兵のご身分で寮以外に住むことが許されるとは、これまた初耳だ。
「元五〇六号室のザックスくん。ここは天下の神羅の末端組織だよ。どんな抜け道も周到に用意されている。それは主に幹部連中の家族なんかが使用するものだがね、寮全体の秩序を乱すとなれば、ごく普通の寮生に適応するのだって、問題じゃないはずだ。それも、たとえばソルジャーのお墨つきなんかがあった場合には特にね」
 ザックスは口笛を吹いて、うれしそうな顔になり、渡された用紙をポケットへつっこんだ。そうして大急ぎで舎監さんと握手をし、また来ることを約束し、今晩は噂のストライフはザックスのところから帰らないかもしれない旨通達し、真心のこもった視線を送ってから、転がるように外へ出た。歩き出す前に、彼はふといま出てきたばかりの寮を見上げた。最上階の左端の部屋が、舎監さんの部屋だ……かつてそこに明かりがともっているのを見たときに感じた安らぎ。あの部屋で感じた、温かさ。ザックスは大股で歩きだした。
 あんなひとのいい舎監さんを悩ませる問題児を、とっつかまえるために。