怒らないように、刺激しないように

 怒らないように、刺激しないように努力したのだが無理だった。クラウドはずたぼろで訓練所を出て、ようよう帰ろうとしていたところをとっつかまって、むっとした顔をした。ザックスはそれにむっとしたが、一応年上であったから、そこは抑えて、なるべく鷹揚な調子になるように気をつけて云った。
「おまえなあ、寮に帰んねえで、どこ行こうってのよ」
 クラウドはゆっくりとザックスを見上げた。その顔からは、むっとした様子は消えていたが、それよりはるかに相手の気持ちをいらだたせるもの……疑りの表情があった。
「なんだよ、それ」
「なんだよはねえだろ? あのなあ、ごまかそうったって、だめだかんな。おれ舎監さんに、聞いちまったの。おまえの無断外泊。あのひといいひとだからな、おまえのこと、必死になってかばってやってんだぜ。ばれたら即、除隊になりかねないもんな。いいか? おれまじだからな。あの舎監さんの頭悩ますようなやつは、一回ぶっ飛ばされた方がいいんだ」
 ザックスはひとつにらみをきかせて、とりあえず乗れよ、と門の前に止めてあるバイクを指さした。クラウドは渋い顔をしたが、おとなしくついてきた。

 態度に腹は立つものの、友だちは友だちだ。ザックスは夕食をおごってやることにした。舎監さんに許可は取ってある。なじみのファストフード店で、クラウドはやはり山盛りのポテトをばくばく食いはじめた。ふたりともしばし、腹を満たすことに専念する。空気は、少し気まずい。クラウドはどことなくそわそわしている。ときおり、腕にはめている時計を見る。寮の門限を気にしているわけではなさそうだ。
「おまえさあ」
 ザックスはたまりかねて口を開いた。
「まじで、どこに寝泊まりしてんの? どこ帰ってんだよ。友だちできたのか?」
 クラウドは不機嫌な顔で食べ続けている。顔を上げようとしない。
「黙んなよ。ばかたれ。なんか云え。うそでもいいからなんか云え。したら、ちっとは安心する」
「……うそ云ってどうすんだよ」
 クラウドがぼそぼそとつぶやいた。
「そんなことしたって、すぐばれるだろ、ザックスうそ発見機のくせしてさ」
「わかってんなら云うなや。おれはさ、いいんだよ、おまえがどこ住もうが、誰と絡もうが、おまえの自由だよ。おれが友だちだからって、別に全部知ってなきゃだめだなんて法律ねえし。だけどなあ、自分の立場考えてからにしろよ。おまえはなあ、そのへんの思春期の少年少女みてえに、好きに遊び歩ける人間じゃねえの」
 わかってるよ、とまたも不機嫌なつぶやき。ザックスはいらいらしてきた。
「なら、手間かけさせんな。この金髪問題児。舎監さんに迷惑かけんな。なにしてもいいけど、自分のやってることの影響考えて行動しろ。できないならやめちまえよ、こんな仕事。わあった?」
 クラウドが鼻を鳴らして、わかってる、と云った。ザックスはため息をついて、クラウドの頭を小突いた。
「よし、先輩面のお説教タイム終わり。で、まじでおまえ、なにやってんの? 彼女?」
 クラウドは顔をしかめた。
「……云わなきゃだめ?」
「だめ。理由一、おまえに飯をおごってるのはおれ。理由二、おれおまえの友だち、理由三、おれ超好奇心満々」
 だよなあ、とわかったように云うクラウドの頭を、ザックスはふたたび小突いた。
「むかつくんだよ、おまえのそういう大人ぶった態度」
「痛いよ」
 クラウドはようやく打ち解けた顔になった。
「はい、答えましょう、三、二、一、どーぞー」
 クラウドの唇の前にエアマイクを持っていって構えると、彼は頭を掻いて、わざとらしく咳払いをした。
「実は、知り合いのひとんちに、転がりこんでる」
「知り合い?」
 クラウドはうなずいた。ザックスはすこし、相手の方に身を乗り出した。ついにこのクラウドくんが千年の孤独を打ち破り、人間関係を築くつもりになったのかと思ったのだ。
「うん。勝手に使っていいって云われて、部屋、借りてる」
「まじかよ。ま、あの寮、あんまり帰りたいと思うようなとこじゃないからな。おれだって舎監さんがいるから我慢してたようなもんでさ。むかつくやつばっかだったしな」
「ザックスのころも?」
「もっちろん。いっつも同じだよ。歴史は繰り返すの。権力を盾にしていばりくさってるやつがいたり、集団でつるんで強がってるのがいたりとかな。ま、そんなやつらは、結構すぐいなくなるけどな」
「おんなじなんだな」
「つっても、おまえの場合はちょっと別だけどな。初日から同僚ぶっ飛ばすやついねえっての。癇癪持ち野郎が」
「むかついたんだよ。顔のことでからかわれたの、はじめてだったんだ。ぜんぜん気にしたことなかったのに。おかげでほんとに顔の話題、嫌いになった」
 ザックスは微笑んだ。
「酌量の余地はあるけどな。んで? その知り合い、ちゃんとしたひとなんだろな?」
「と、思うよ。ちょっとたまに変だけど、とりあえずやばいことしてるひとじゃない」
 ザックスは友だちの観察力を信じた。
「そこ、居心地いいか?」
「いまんとこ、かなり」
「長居できそう?」
「たぶんね」
「ちくしょう、うらやましいな、おい。ま、いいや。そのうち紹介しろよ。んじゃ、これ渡しとく。書いて舎監さんに渡せ」
 クラウドは折り畳まれた紙を広げて、目を見開いた。
「こんなのあんの?」
「あるんだなあ、これが。おれもさっき知った。ウルトラ技だぞ? 普通発動しない。舎監さん、おまえのこと、まじで心配してる。得なやつだよ。敵もいっぱい作るけどさ。だから、始末つけろよ」
 クラウドはちょっと感激したような顔をした。頬が赤くなっている。唇が、ぎゅっと結ばれた。ザックスは小さな友人の頭を、がしがしとなでてやった。ザックスは、思うのだ。世界はひとが云うよりもずっと公平だ。すべての行為に、それ相当の罰か、あるいは見返りがある。前代未聞の問題児、かのクラウド・ストライフは同僚には受けが悪いが、目上の人間にはきちんと理解される。その気になれば、友だちだって作れる。誤解されやすいやつだ。ある意味かわいそうなやつでもある。けれども、その不都合は、きちんと調整がなされている。努力は、積み重ねられた忍耐は、かならずそれ以上になって返ってくる。不平不満を云うやつは、行動しないだけだ。一歩を踏み出す勇気がないだけだ。
 よし、今日はおれんち泊まれ、とザックスは上機嫌で云った。
「いっつもその誰だか知らねえ知り合いにばっかかまわれても、おもしろくねえもんなあ」
 クラウドはなぜか赤い顔をして、ちょっと電話してくる、と云ってあわてて外へ飛び出していった。ザックスは笑った。クラウドの新しい友だちのことはとても気になるが、いずれ知り合いになれるなら、なるだろう。あのクラウドがどんなひとを友だちに選んだのか、興味がある。
「すっげえ美人の姉ちゃんだったりして」
 ザックスは自分の気ままな想像に、ひたすら笑いをかみ殺した。