友だちの友だちなんて

 友だちの友だちなんて、普通は気にしないのだけれど、閣下の場合は話が別だ。クラウド閣下。くそ生意気で態度がでかくて、ひとり好きでいかれている。でも変なところが繊細で、ちょっとだけいいやつ。彼とつきあうのは、たぶんすごく難しい。ザックスはそんなふうに思ったことはないけれど、それはクラウド閣下が、こちらに気を許しているからだ。彼は、興味がないもの、興味のないひとには、てんで関心を示さない。普通の態度でやりすごす。別に嫌味だとか横柄な態度をとるわけじゃないのに、とりつく島もない。だから友だちがゼロだ。それでいいのか、とザックスは思うけれど、本人は別にいいと云う。繊細すぎて、傷つくことをおそれているようにも見えるし、その頭の中が、ザックスはよくわからない。でも、根はいいやつなことだけは確かだし、こちらになついているのも確かで、だからそんなクラウドに、部屋を借りるほど親しい友だちができたなんてことは、ほんとうに信じられないことだ。ザックスは、実際疑っている。それはほんとうに友だちなのか? 友だちはいらない、なんてやつは割でよくいる。恋人なんていらない、というのもよくいるけれど、その両方いらない、というやつはほんとうのところ滅多にいない。だから、疑っている。クラウド閣下の同居相手は、ひょっとして女なんじゃないだろうか?
 友だちは腹が立つがいい作りの顔を持っているので、その気になれば恋人なんて一瞬でできそうだった。恋人までいかなくても、世話をしてくれる女のひと、かわいがってくれる女性……たぶん例外なく年上で、彼をべたべたにかわいがる。クラウドはますます図々しくのさばって、手のつけようのない甘ったれになる。そんな構図は、すぐに浮かぶ。
「おまえさあ、いいかげん紹介してよ。その同居中の友だち」
 しばらく前からそう云っているのだけれど、クラウドはなぜかにやにや笑って、ま、そのうち、とか生意気にぬかして煙に巻く。腹の立つことだ。まあ別に、いいけれど。
 それよりも、いまザックスにとって気がかりなのは、ボスがぜんぜんつかまらないこと。田舎の家は、いつもからっぽ。ときどき帰ってきているらしい様子が見られるけれど、その帰ってきている日にぜんぜん当たらない。こんなにセフィロスのことをつかまえられないのははじめてだ。いったいどこへ出かけているのだろう。ザックスは妙に気がかりだ。
 今日も無駄かもしれないなと思いながら、せっかくの週末の予定を全部振りきって、セフィロスの田舎のボロ屋へバイクを走らせる。バイク便搭載の荷物が、すこし多い。それだって、大したことはないけれど。そういえば、グロリア未亡人が手紙をよこさなくなったのも妙だ。今回は大丈夫だわ、ザックスさん。あの方に連絡しなくちゃならないこと、いまは特にないもの……。でももしもこの先しばらくボスをつかまえられない状態が続いたら、すこし考えなくてはならないだろう。

 ボロ屋のそばにバイクを止めると、ミス・メリーウェザーがおっとりと出迎えた。まあ、来たのね……というまなざしで、こちらを見つめる。彼女はぜったいに、この世界で一番美人な牛だ。間違いない。ザックスは女性に必ずそうするように、親しげな笑みを浮かべて、気遣う。そうして、煙突から煙が出ているのに気がついて眉をつり上げる。神出鬼没のセフィロス、今日はいるじゃんか。ザックスは急いでドアをノックする。
「セフィロスさーん、かわいい部下だよ。お邪魔しまっすよー」
 彼はドアを大きく開け放った。
「ちょっとーセフィロス、あんた最近どこいっ……」
 そうして非常に珍しいことに、おしゃべりの途中で別のものに気を取られて、一瞬息を飲んだ。こんなことはきっと人生に一度か二度、あるかないかのことに違いない。
「閣下あ!?」
 ザックスはばかばかしいほど大声をあげた。部屋の奥、キッチンに置かれたテーブルに、クラウド閣下が両肘をついていた。セフィロスは向かいの席で、薄いテキストのようなものを広げている。
「ハロー」
 とクラウドがアホのように明るい声を出す。ふざけているときの声だ。
「えええ? なんで? なんでなんで? いつの間に仲良くなっちゃったの? おれぬきで? それあり? 誘えよ、閣下、ばかたれ。おれがボス探してたの知ってんだろ。つうか、なんでおれの知らないとこでやりとりしてんの、むかつくなあ」
 クラウドがげらげら笑い転げた。笑いごとじゃねえし、とザックスは吐き捨てるように云った。
「おれも混ぜろよ」
 そう云ってテーブルに乗りこむ。クラウドはよけい笑い転げた。
「だめだ、腹筋死ぬ」
 笑いすぎて息が切れ切れになっている。ザックスはばかを放っておいて、セフィロスにつめよることにした。
「どゆこと?」
 セフィロスは開いていたテキストを閉じた。それには見覚えがあった。マテリアのお勉強テキスト。ザックスは好きじゃなかった。組み合わせてあれこれやるのはいいとして、その理屈を聞かされたって、ぜんぜん楽しくない。たぶん、クラウド閣下の持ち物だろう。
「こいつに部屋を貸しているのはおれだ」
 どこか楽しそうに唇をゆがめたセフィロスに、ザックスは「うそお」と声を上げた。クラウドがまたげらげら笑いを再開する。ザックスはもう無視することにした。
「なんでそうなんの? あんたが閣下に部屋? 部屋って、あの部屋?」
「ミッドガルの、という意味なら、そうだ」
 まじかあ、と額を押さえたザックスを見て、クラウドがまたげらげらやりだす。いい加減うるさくなったので、ザックスは黙ればかたれ、と云って、金髪をはたいた。
「痛いだろ」
「自分だけげらげら笑ってんじゃねえよ。どういうことだよ、説明しろよ」
 すこし不機嫌な気配を出すと、クラウドはげらげらだけは引っこめた。顔が果てしなくにやついていたけれども。
「だからさあ、そのまんまだよ。おれ、このひとの部屋借りてんの。で、住んでんの。ただいま絶賛ふたりぐらし中」
 そうしてこらえきれなかったのか、またげらげらやりだす。ザックスはからかわれっぱなしで、ほんとうにいらいらしてきた。
「げらげらやめろ。いい加減まじに怒るぞ。それほんとだったら、すげえ大事な話だろが。おまえの引っ越し先って、まじでセフィロスんちかよ? てか、あんたもどういうつもりよ」
 セフィロスがあくまで物憂い、ゆったりした調子で、そうだな、と云う。
「最初から説明すると、おまえがこれを最初にここへ連れてきた日に、部屋を貸すことにした」
「……いつの間に」
 ザックスは頭を抱えたくなった。
「おまえが電話をかけに行ったときだ」
「なんで?」
 そんな初期の段階で、このふたりが仲良くなっていたとは驚きだ。いずれなるだろうとは思ったけれど、そんなに早いとは思わなかった。クラウドがげらげらを必死におさえているのがわかる。腹の立つやつだ。どうして云ってくれなかったのだろう。別に、隠すようなことじゃないのに。
「なぜ……明確に答えるのは難しい。ひとつには、こいつにはひとりの時間が必要だと思ったから。誰もいない、隔離された空間だ。手っとり早くそれを得るには、どうせ使っていない空き部屋を、提供するのが一番だと思った。ほとんど反射的な行動だったが」
「……ありがとさん」
 ザックスは不機嫌な声でつぶやいた。自分の知らないところで、そんな面白いことが行われていたなんて、ショックだ。知らせてくれればよかったのに……その考えを読んだように、セフィロスは首を傾けて続けた。
「知らせたら、おまえは面白がって乗りこんでくるだろう。それでは意味がない。徹底的にひとり。それが重要だった……おれがそうであるように」
 ふうん、と云ってから、ザックスはふたりを見比べた。自分のボスと、友だち。なんとなく似ている気配を、はじめから感じていた。なにが、なんてうまく云えなかったけれど。それは正しかったわけだ。でも、そんなに急速に仲良くなるとは思わなかった。それに、同居とはどういうわけだ。
「それでさあ、いろいろやりとりしてるうちに、こうなっちゃった」
 クラウドが意味深な笑みを浮かべる。それに、ザックスのなにかがざわつきを覚える。その笑い方が、なにか、とても異質なものをはらんでいたからだ。これまでの彼にはなかったもの……誘いこむようなもの、性的ななにか。ザックスはふいにある結論に達する。そうして目を見開く。
「こうなっちゃった……って、おま、もしかして、うっそお?」
 ほんとー、と云って、クラウドはやっぱり我慢できずにげらげらしだした。セフィロスは笑い転げるクラウドに、呆れたような視線を送っている。ザックスは気がついた。クラウドが、いつもどおりのクラウドだ。つまり、よそ行きでない。自分を隠していない。ばかにしきったような冷笑的な笑み、あるいは無関心に沈む目、鼻先や唇がすべてを拒絶するようにつんとしている、そういうクラウドではないクラウド。気を許しているときのクラウドだ。彼がそうなのは、自分がいるせいじゃない。はじめからこうだった。クラウドはセフィロスに、すごく気を許している。
「まじで? てか、あんたらそっちだったの?」
 ザックスはたぶん、一番にそのことにショックを受けていた。クラウドはともかく(と思った自分の思考回路を、あとで追求しなくてはいけないとザックスは思った、たぶん、八割くらい顔のせいだと思われるけれど。中性的な整ったその顔……でも中身は完全に男)、セフィロスまでそっちだったなんて、初耳だ。ぜんぜん知らなかった。もともと、そういう方面が派手なイメージはなかったし、実際さほど興味がなさそうだったし、そんな話題を彼と共有したこともないけれども。他人の性癖、性欲に口をはさむほど、こちらも暇じゃないし、偽善者でもない。でも、なんだかほんとうに意外だった。こんなくそ生意気なガキに、セフィロスがそういう興味を持つなんて思わなかったのだ。
 あらあー、といささか頓狂な声をあげたザックスを見て、クラウドはまた肩をふるわせている。セフィロスは立ち上がって、いつもそうしてくれるように、お茶を淹れて運んできた。彼は、すべての動きに隙がない。無駄がない。調和のとれた動き。あるがままの自然な動き。肉体をよく知っている人間の動き。めいめいの前に、カップが置かれる。クラウドの前には、一度も見たこともないやつが置かれた。白いシンプルなマグカップ。下のほうに、スタイリッシュな字体で、製作者名らしいものが彫られている。閣下専用のやつに違いない。
「ザックスも興味ある?」
 クラウドがカップを持ち上げながら云って、また笑い転げる。セフィロスが顔をしかめて、中身をこぼさないよう注意をうながし、それから、そういうからかいかたはやめろと云った。
「ただの冗談だろ。ザックスが心の底から女の子が好きなことくらいわかってるよ」
「だからだ。他人にたいして、生理的嫌悪感を引き起こすことだけはするな」
「聞かなきゃわかんないだろ、そんなこと。ザックスいまの冗談、ぞわぞわとかする?」
 ……閣下だ。ザックスは拍子抜けしたような気持ちになる。クラウド閣下だ。よそ行きでない。笑い方も生意気なら、話し方もどことなくぶっきらぼうに叩きつけるようで、いつも見ているクラウドだ、と思う。いまの態度は、自分にたいするそれよりも、もっとぶしつけかもしれない。ぶしつけになってもいい関係をふたりで営んでいるということだ。こんな短いやりとりの中にも、あらわれる態度が、口調がそれをあかししている。なんということだろう。予想は、否予感は、間違っていなかった。クラウドの同居相手は、たしかに友だちなんかじゃなくて、もっと先へ進んだ関係のひとだった。でもまさか、ほんとうにまさか、セフィロスだとは思わなかった。
「それどころじゃない……」
 ザックスはテーブルに突っ伏した。クラウドがまたげらげら笑ってから、さすがに笑いすぎてかわいそうになっちゃった、と慰めるようにザックスの頭をなでだした。
「触んな。ボケ」
 伸びてきた手をはたき落とす。クラウドはまた笑う。
「なあ、ザックス」
 呼びかけられて、ああ? と顔を上げると、面白がっている、けれどもすこし真摯なものをにじませたクラウドの目があった。
「いろいろ黙ってて悪かったかもって思ってるけどさ」
 悪かった「かも」。これがクラウド流の謝りかたなわけだ。ことばはうんと生意気。でも表情が、というより視線が、どこかでそれを裏切っている。それがわかるから、結局は許してしまう。今回だってそうだ。ザックスはちらりとセフィロスを見る。彼は静観している。いま片づけるべきは、クラウドとの意見のすり合わせ、認識。そっちが優先だ。セフィロスより。大人どうしなんて、どうにでもなる。それにセフィロスが行動に出るときは、いつも過剰なほどの責任を自覚した上でのことだから、問題ない。下手をすると、一生面倒みるくらいのことを(なにしろクラウドはおそらくこのあいだまで童貞だったし、処女? だったはずから)、たぶん本気で考えている。でもクラウド閣下は、まだガキだから、大丈夫だと思ったって、ちゃんと確認しなくてはならない。
「ああーもう、悪いとかのレベルじゃねえよばーか。おれどっから受け止めればいいわけ? おまえがそっちだったこと? セフィロスがそっちだったこと? ふたりしておれに黙ってごにょごにょしてたこと? まあそれは本人の勝手だしいいんだけど、閣下さあ、おまえいま十五じゃんか。十五つったら自分のこと思い出しても思うけど、そっちに興味津々じゃん。おれも初体験たしか十五かそのへんだけどさあ、しょっぱなから大物つかまえすぎ。あとあと大変よ? おれ男どうしのことよくわかんねえけど」
「大物かなあ、このひと」
 クラウドはばかにしたような、いぶかしげな顔になって、セフィロスを見る。
「ただのおっさんだよ」
 ザックスはそれで、急にいっぺんに気が晴れた。ほんとうのことを云えば、逆に嬉しくなったくらいだ。ただのおっさん。ただのおっさんときた! そうだ、ただのおっさんだ。セフィロスだって、ただの男なのだ。欲求もあるし、欠点もあるし、いたって感じやすい、普通の。普通じゃないのは、状況だけだ。戦うように仕向けなければ、セフィロスなんて、ぜんぜん普通のひとだ。むしろ、そういう状況下にいないほうが、彼は彼らしいとも云える。うんと田舎に住んで、土をいじくりまわし、毎日読書に明け暮れる。隠者のような生活。隠者そのもの。そういうほうがセフィロスらしい。ザックスはセフィロスの英雄の部分も知っているけれども、あれは作られた栄光、作られた力、作られたただの虚構だ。セフィロスはちっとも望んでいない。そこをわかっているやつは、ひと握りしかいない。その他大勢は、ぜんぶ神羅にたぶらかされている。耐え難い状況だ。クラウドは、そういうことをわかっている。それだけで、もう万歳三唱しなくてはならない。
「まあ、おまえがそのおっさんがいいっつーなら、おれはなーんにも云わないけどさ」
 ばかにしたように云うと、クラウドはまた笑い転げた。
「ほんとだよな。なんでこんなおっさんでいいんだろうなあ。考えたら不思議だけど、たぶん顔だよ」
「顔かよ。おまえひでえな」
 顔以外にもいろいろとひどい云いぐさだけれども、それが閣下だ。そうやって、甘えている。
「おまけにこのひと、ドMなんだ。冷たくされるのが好きなんだよ。おれ、いいやつだから、毎日冷たくしてあげてる。涙出るくらいけなげだよ、おれ」
 笑いながら、セフィロスにいかにも見下したような視線を投げる。セフィロスは肯定も否定もすることなく、ただ物憂い顔を崩さない。ザックスは、セフィロスの気持ちがわかるような気がする。つっけんどんな態度に出られること。へこへこされたり、萎縮されたり、ねっとりした尊敬のまなざしを送られたり、ある種の商品としての自分、本来のものでない付加価値をつけられ、高値で売り買いされる自分を、真逆の態度で否定されること。おまえなんかなんでもないんだぞ、と云われること。でも特別。この世の中で一番恍惚とした意味で、本来の意味で、特別。存在そのものの肯定。
「おまえのその態度は素だろ」
 ザックスは冷たく云い放って、出されたお茶を一気にすすり、テーブルにカップを戻す。クラウドも真似するみたいに中身を飲み干して、カップを置く。クラウドのやつは、ぱっと見にはどこにでもある白いシンプルなデザインなのに、いやに金がかかっていそうだ。微妙な全体の丸み、持ち手の位置や角度やカーブ。そこに、どうにもことばにしようのない味がある。クラウドはそういうのを見わける。相手のこだわりを理解する。セフィロスはたぶん、クラウドに理解されたのだ。その本来の価値。こだわり。譲れないもの。本質。
 ザックスはやっぱりどうしたって、うれしくなる。セフィロスの理解者。そして、クラウドの理解者。どちらもたぶん、とても難しい存在なのだ。ぜんぜん理解されない。セフィロスはしてもらえない。クラウドはさせない。いずれにしても面倒な存在だけれど、でもそういう面倒なひとたちどうしが、仲良くしてみようと思うなら、別に止める必要はない。こういうことは、全部本人どうしの問題だ。他人が口をはさむことじゃない。友だちという立場の人間にできることは、いざとなったら出ていけるように、手を貸せるように、さりげなく気にすること。阻害しないこと。ふたりがふたりなりのかたちを作ってゆくのを、遠目に見ていること。
「ま、いいや。どうせおれの責任じゃねえし。ふたりで勝手にやってちょうだい……でも、最初はおれが引き合わせたんだからな。そこ感謝しろよ、ふたりとも」
 クラウドがええー、といやそうな声を出す。ほんとうに生意気なやつだ。セフィロスは苦笑いしている。別に、ザックスだってそんなことで貸しを作るつもりなんてない。のけ者にされて悔しいなんてことも思わない。友だちと、恋人は、存在価値や基準がぜんぜん違うから。どっちも必要なのだ。ほんとうはたいていの人間が、どっちも必要だ。つっぱねて、意地を張ったって、みんなひとりきりでいられるわけがない。誰も自分をわかってくれない、誰とも親しくない世界なんて、ぜんぜん楽しくない。
 うちのボスと、閣下。いいんじゃないの? とザックスは思う。どっちも男だとか、年齢差がちょっと犯罪だとか、そんなことはたいした問題じゃない。クラウドがまだ十五なことだって、ほんとうは問題じゃないのだ。大事なのは、ふたりとも幸福であることだ。先のことなんてわからないけれど、いま、この瞬間に、これから先いくらか、幸せであること。それさえあれば、なんだってかまわないのだ。それがあれば、たいていのことは乗り切れるから。そしてそれを手に入れるためなら、人間はどんなことをしたって、しまいには許されるのだ。人生なんて、好きに生きればいい。セフィロスあたりなんかは特に、もっと好きに生きるべきだ。誰からもやいやい云われずに。彼がいまクラウドを選んだなら、それでいいのだ。大事なのは、自分で選ぶこと。理由なんて、二の次だ。理屈なく、感情が揺り動かされることだってある。セフィロスには、そういうふうにしていてもらいたい。それが、何年か彼を見てきて思うこと。自分の立場に、強さに、責任に、がんじがらめのセフィロスなんて見たくもない。移行期間は、そろそろ終わりだ。そう考えたらほんとうに、ちょうどいいタイミングだったのだ。セフィロスが誰か、自分のそばにいてもいいひとを選んだこと。人選については、ちょっと疑問に思うけれども、でもきっとそんなにひどい間違いじゃない。閣下はひとをより好みするし、好き嫌いが激しいけれども、でも悪いやつじゃない。ちゃんと本質を見る。ちゃんと自分の意志がある。自分がある。セフィロスの地位も、立場も、ぜんぜん問題じゃない、彼には。彼はそんなところは、全部飛ばして見てしまうから。
 いまのところ、とりあえず上々。結果オーライ。ザックスはそう思った。思うことにしたのだ。思うことにすれば、そうなるから。心配するなんて、ばかげたことだ。ふたりのことは、ふたりがちゃんとするだろうし、セフィロスにくっついているややこしいもろもろが、今後悪さをしそうになったって、そのときはそのときだ。それこそ、ザックス君の出番だ。そんなものは蹴散らせばいい。潰せばいい。誰だって、自分の好きにする権利がある。なにを手放しても、それだけは、手放してはいけないのだ。自分が自分であること、自分の欲するものを、手に入れることだけは。
 ザックスは、この日徹底してふたりをからかうことに決めた。どこがよかったの、なにがよかったの、そういう赤面するような話題を、めいっぱいぶつけてやることにした。ふたりがつきあおうが、憎みあって別れようが、どちらも自分にとって大事な人間には違いないのだし、そんなことで疎外感を感じたり、変な色眼鏡をかけて見るなんて、ばかげている。いっしょに混ざって、楽しめばいいのだ。大事なのはそのこと。とことん、楽しむこと。笑い飛ばすこと。明るくやること。それで十分なのだ。それさえ満たせれば、誰が誰となにをしたっていいのだ。