六月の雨が

 六月の雨が、アスファルトのねずみ色を濃く塗りつぶしている。クラウドは休暇になったら家に帰るように上官に云われて怒っている。彼は田舎を出てから一度も帰っていない。事情はひとそれぞれだ。老婆心のつもりで忠告してくれた上官にたいして怒るのは筋違いだが、彼の決意は固い。たぶん、自分の故郷があまり好きではないだろう。田舎が好きなくせに。そして、雪が好きなくせに。
 彼に故郷をひとつ、与えてやるべきか。故郷といっても、心理的な意味での。どこか冬になると雪がふるところ、静かな田舎、たぶん森の中がいい。薪ストーブか暖炉があって、水は井戸から組み上げるようなところ。彼が自由になれるところ。
 頭に流れるイメージがやたらに詩的なのはワーズワースの詩のせいだ。自然を歌った詩人。われわれは、どうしてこの都会のおそろしくしゃっちょこばった部屋に住んでいるのか? 田舎を愛し、澄んだ空気を夢見ながら。田舎の雨は、黒ずんだ生ぬるいものではなくてひどく澄んだ、張りつめた空気を伴うものだ。地面が一面黒くなることもない。アスファルトなんかなければ。そして気持ちが沈むこともない。
 セフィロスはクラウドの自由を望んでいる。彼がほんとうの彼に戻ることを。素直な癇癪持ちに、いつでもどこでもなれるような場所を求めている。そしてその優しさが、つぶされなくてもいいような場所を。優しいことと素直なことと癇癪持ちなのとは矛盾しているだろうか。だが彼が癇癪を起こすのは、自分の名誉のためであり、誰かの名誉のためであり、不正のためだ。彼はクラウドの中に、自分の一部を見ている。いつもそうだ。ちょっとつつけば破裂しそうな繊細さを、殺すことしか知らないのは生きてきた年数のためでもあり、境遇のためでもあり、そういうものがセフィロスの中にちょっとしたフラッシュバック……映像的でなく、気分的なもの……を引き起こす。彼は、自分のようになってゆくべきではない。だが本人がそうありたいと望むものを、捨てさせることもできない。ほんとうの強さとはなにかを、早く学んでくれることをねがっている。彼の手は、ひとを殺すのではなくて、それこそレンチとか歯車なんかを持ち、動物を撫でるためにある。彼は美しいものに、囲まれていなくてはならない。ぎすぎすした人間関係は、彼のアンテナをますます高くし、神経をすり減らすばかりだ。
 この部屋に住むのは、あと何年かわからない。たぶん、クラウドがいい加減にソルジャーなんぞという見当違いの職業に憧れることを諦めて、彼自身を見つけたとき。そのときに、喜んでこの都会をあとにしよう。永久に、神羅なんぞとは縁を切って、戦場とも縁を切って、武器も魔法も捨てさって。あらゆる種類の人工的な力でなく、大自然の力に、人間本来の強さに敬意を払い、降りしきる雨を全身に受け、行進する。雪深い田舎へ。羊か豚か、山羊か、犬でも猫でもいいが、動物を飼う。暖炉の火の前で、いまのようにふたりして寝そべる。クラウドは先にうつらうつらするだろう。どこでも眠れるやつだ。雨の日は、一日部屋にこもるだろう。そうして戯れる。それこそ、一日中。